Global Risk Manager

ウクライナ侵攻後の欧州エネルギー事情と派⽣リスクの軽減対策とは

2023年11⽉6⽇ 公開

RIMS⽇本⽀部 × AIG損保

Global Risk Manager Vol.007 欧州の例から考える、エネルギーコスト上昇のリスクを軽減するための対策

本連載シリーズは、リスクマネジメントのグローバルな⾮営利組織、RIMSの⽇本⽀部とAIG損保の共同編集により、これから海外進出を⽬指す、またはすでに海外進出している企業のリスクマネージャーのスキルセット向上を⽬指しています。⽇々の業務はもとよりビジネスの先を⾒据えた洞察・推察にお役⽴ていただければ幸いです。

これまで多くの企業は「エネルギーコストは単なる事業コスト」で、⽐較的安いものと考えていたのではないでしょうか。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアが欧州へのガス供給を停⽌したことで状況は変わりました。欧州のエネルギー事情と派⽣するリスク、それらのリスクを軽減するための対策について考えます。欧州地域へ進出している企業はもちろん、他の地域に進出している企業の担当者も参考にできる内容かと思います。

ロシアからのガス供給停⽌に揺れる欧州

エネルギーコスト上昇によるビジネスへの影響とは

2022年3⽉以前、EUはロシアから天然ガスのおよそ40%を輸⼊していました。ロシアからのガス供給が停⽌したことで、2023年と2024年のガス価格は2倍以上になり、そのコストは⾼⽔準で推移すると予想されています。

 

企業は緊張感を抱いて迅速に適応せざるを得ず、しばしばその過程で損失を被ることも少なくありません。最⼤の輸⼊国であったドイツでは、⼯場の減産や他国での事業拡⼤にかじを切る企業も出てきています。また英国の経済団体、メイクUKの調査によると、英国製造業の8社に1社が、エネルギーコスト増加の直接的な結果として2022年に⼈員削減を実施しており、拠点の閉鎖を検討している企業もあったと報告しています。

 

欧州では、重要かつ安定した市場でさえエネルギー供給が途絶えた結果、業務コストとリスクを増⼤させました。エネルギー不⾜は、⽣産の減速、他国へのシフト、完全な⽣産停⽌、顧客や機会の損失など、潜在的に重要なリスクとなる可能性があるのです。

エネルギーコスト上昇が、法的リスクにつながることも

⽣産や出荷の遅れは、顧客やサプライヤーからの契約違反の賠償請求を引き起こさせるだけでなく、エネルギー価格の上昇やサプライチェーンの混乱が事業に与える財務上の影響を市場や規制当局に伝えなかったとして、経営陣が個⼈的に責任を負うリスクに発展する可能性があります。

エネルギーコスト上昇に対して、どのような対策をしていくべきか

⾃社のエネルギー利⽤を理解し、⾒直す

多くのエネルギー供給業者は、エネルギー診断などの測定サービスを様々な価格で提供しています。こうした評価を活⽤することでエネルギーがどのように使われているかを理解すれば、企業は業務の業務効率を⾒直すことができます。

 

専⾨家の中には「ほとんど費⽤と労⼒をかけずに、⾏動や設備を改善するだけで、エネルギー消費量を20%から30%削減できる」と⾔う専⾨家もいます。

〈英国ホテルの例〉

エネルギー診断の結果、午前4時から6時の間(朝⾷の準備が始まる約2時間前)に、厨房でエネルギー消費が急増していたことを発⾒。原因は、調理師が夜間清掃員に調理器具の電源を⼊れるように頼んでいたこと。調理師は、すぐに適温のオーブンを使える、夜間清掃員は⾒返りとしてベーコン・サンドイッチを無料で受け取る。現場のほほ笑ましいやり取りの裏側で、ホテルは年間2万ポンドの余分なエネルギー料⾦の請求書を受け取っていたのです。

⼤切なのは、エネルギーをより効率的に使うこと

エネルギー価格が急騰している今、優先的に考えるべきは既存の設備でエネルギー効率を⾼めることです。業務プロセスやエネルギーの使い⽅を⾒直せば、当⾯は⼤幅な節約につながります。

〈既存の設備で取り組めるエネルギー効率化対策例〉

  • ⼈感・昼光センサーを備えたLED照明に変更する
  • 適切に断熱された屋根や壁を使⽤する
  • ⼯場の廃熱を他のプロセスの動⼒に再利⽤する⽅法を検討する
  • ⼯場の作業効率が⾼まるレイアウトを検討する(作業時間の増加は、⽣産コストの増加になる)
  • 空調コストを考慮して、熱を持ちやすい機械を作業員の近くに(または遠くに)移動させる

企業は、⾃社がエネルギーをどのように利⽤しているか、また、どのようにエネルギーをより効率的に利⽤できるかを理解した上で、エネルギー効率の⾼い新技術やその他の設備への投資を検討しても、遅くはないはずです。

材料の仕⼊れ先や素材、在庫を⾒直すなど、全社の効率性を向上させる

節電などでエネルギー効率を⾼める以外にも、コスト削減につながるものはあります。例えば、製品に使⽤する材料。仕⼊れ先に対してより安価な材料コストを交渉する、あるいは同じような材料を安価で調達できるかを検討するなどです。製品によっては、材料を削減した新製品を設計したり、機能の⼀部を省いたり、材料を再利⽤することも選択肢になるでしょう。

 

さらに、過剰⽣産を防⽌し、製品在庫を最⼩限に抑え、完成品をできるだけ早く社外に出荷すると、保管コストの削減や、販売の迅速化にもつながります。

コーポレートPPAなどのリスクヘッジを検討する

価格急騰や供給減のリスクから企業を守る⽅法として、エネルギーやその他の潜在的に影響を受ける商品の事前契約も検討に値します。

 

例えば、コーポレートPPA(Power Purchase Agreement、電⼒購⼊契約)は、企業が⾃然エネルギー電⼒を調達する⼿段として世界各国で広がりをみせています。事前に合意された価格で再⽣可能エネルギーを売買する⻑期契約(通常は10年から15年間)を結ぶことで、企業は卸売市場価格を下回る価格かつ⻑期にわたってクリーンエネルギーの供給を受けられます。また、企業が⾃らのエネルギー供給を追跡し、その環境への影響を検証することで、サプライチェーン(スコープ3)の間接排出量の削減、ネットゼロへの道を加速させることにも役⽴ちます。

将来のエネルギーリスクを軽減するための⻑期的な取り組み

エネルギー産出地域の地政学的な状況から潜在的なリスクを計る

⾃社の危機管理計画をアップデートし続けることは、将来のエネルギーリスクを軽減する⻑期的な取り組みのひとつとして役⽴ちます。そのために必要なのは、エネルギー産出地域や鉱物資源の豊富な地域における地政学的な状況について情報を収集し続けることです。

 

特にエネルギー集約型企業では、⽯油、ガス、電⼒の価格を厳密に追跡し、⾃社の危険性、リスク取得意欲、市場ポジションに沿った戦略を追求するべきです。⾃社が取っている措置を⾒直すことで、主要な顧客やサプライヤーに及ぼす潜在的な直接的・間接的影響の理解につながります。また、価格上昇条項を利⽤して価格を顧客に転嫁したり、販売が合意された時点でエネルギーを直接調達したりするなどの対策も検討しやすくなります。

異なる部⾨・チームがエネルギーリスクを議論できる場を整えておく

エネルギー不⾜によって⽣産の減産や停⽌が起こるのであれば、それに対応して⾃社の⽬標をどのように適応させるかを検討する必要もあるでしょう。また、⾃社の事業、戦略、財務への影響が⼤きければ、規制当局を含む利害関係者に知らせる必要もあります。

 

エネルギーリスクが⾃社の戦略や損益に与える潜在的な影響について検討し、適切な対策を実⾏できるよう、IR、PR、政策などのチームを関与させたり、リスクマネジメントチームとリスクモニタリングチームを組織横断的に結び付けたりして、異なる部⾨・チームの視点からエネルギーリスクを議論できる場を整えておくべきでしょう。

サプライチェーンを含めたストレステストを実施する

エネルギー分野の専⾨家は企業に対して、サプライチェーンのレジリエンス指標(在庫など)の⾒直しの頻度と質を⾼めることに注⼒し、さまざまなエネルギー供給シナリオの下で重要なサプライチェーンをストレステストするよう提⾔しています。

 

また、停電や電⼒使⽤制限の際に供給が途絶えないように、優先顧客向けの完成品在庫の準備や、混乱時に実⾏可能な顧客向けコミュニケーション計画の策定も提案しています。

先⾏企業を参考にする

エネルギーコストの⾼騰を緩和する最も重要な中⻑期的機会は、エネルギー多消費型企業がすでに導⼊している計画からヒントが得られます。

 

ほとんどの⼤企業は⼀般的に、エネルギー消費を今後10年間で約50%削減することなど⾮炭素化戦略を採⽤しています。持続可能性ルールがあるヨーロッパには参考にできる事例も多くあります。それらの戦略を参考にいち早く対策を実施すれば、エネルギーコスト上昇リスクを軽減するだけでなく、真の競争優位性を⽣み出すことにつながります。

エネルギー・レジリエンスを向上させる

リスクを分散させる観点からも、企業は従来の⼿法に加えて、再⽣可能エネルギーからの調達や、エネルギー⾃体の⽣成や再利⽤も検討する必要があるでしょう。⾵⼒発電と太陽光発電は、企業が⾃⼒で発電している最も多いエネルギー形態であり、その普及と管理がますます進んでいます。他にも、マイクロ⽔⼒発電システムの設置、廃⽊材によるバイオマスエネルギーの利⽤などが挙げられます。

 

これらのオプションは、⼀部の企業には⼿の届かない設備投資を必要とする場合もありますが、⾃社の敷地内で発電することには、エネルギーコストとは別の利点もあります。

〈企業が⾃社発電で得られるメリット〉

  • エネルギーコストと供給量が予測可能になる
  • 停電による事業中断を回避しやすくなる
  • グリーン化がブランド・イメージを向上させ、競争優位性を構築しやすくなる
  • 余剰電⼒の売電による追加収⼊が⾒込める

欧州には、エネルギー・リスクマネジメントとエネルギー・レジリエンスを持続可能性プログラムに組み込み、すでに動き出している企業もあります。

 

スウェーデンの家具メーカー、イケア社は、店舗や倉庫の屋根に93万5,000枚のソーラーパネルを設置しています。

 

ドイツのメルセデス・ベンツ社は、「欧州のガス危機が再⽣可能エネルギーへの進出を促す契機になる」と述べ、ドイツ全⼟で電⼒需要の15%以上を供給する施設内⾵⼒発電所の建設を発表し、さらに容量の25%を追加するバルト海の⾵⼒エネルギー施設の利⽤にも署名しました。

 

ロシア・ウクライナ危機が依然として続いている中、企業はエネルギー⾃⽴の問題をより真剣に検討し、オンショアリングやフレンドシェアリング(政治的に友好的で安定した国からの物品、資材、サービスを調達する意味)のような代替案を検討する必要があるのかもしれません。

詳しくはRIMS⽇本⽀部の
『Risk Management』2023年2⽉号をご覧ください。

出典

本記事は、リスクマネジメントのグローバルな⾮営利組織、RIMSが発⾏する機関誌「Risk Management」2023年2⽉号の記事を、RIMS⽇本⽀部とAIG損保が翻訳・共同編集したものです。

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