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現代の企業は、経営を揺るがしかねないリスクに日々さらされている。
自然災害、不祥事といった従来のリスクに加え、ハラスメント、サイバー攻撃など多様化。さらに生成AIなど新しいテクノロジーの活用においてもリスクは潜み、その原因、形態も複雑化している。
しかし、リスクに臆しているだけでは、新しいビジネスの潮流や技術革新の波に乗れず、事業成長は望めない。
「大企業はもちろん、比較的事業体力が乏しい中小企業ほど、リスクマネジメントによって、挑戦の伸びしろを確保できる」
そう語るのは、企業規模を問わず、様々な経営リスクに向き合い、対処法を指南してきたAIG損害保険取締役執行役員 兼 CDO(チーフ・ディストリビューション・オフィサー)辻󠄀村健氏だ。では、リスクを予見、防止しながら事業成長を続けるためのポイントとは何か。その要諦を聞いた。
経営を取り巻くリスクの現在地
──サイバー攻撃、商品のリコールなど企業のリスクにまつわるニュースを日々見聞きします。辻󠄀村さんはなぜ、中小企業ほどリスクを意識すべきだと考えているのでしょうか?
辻󠄀村 中小企業は、大企業と同じレベル、もしくはそれ以上のリスクにさらされています。しかし、そこに気付かず、適切なリスクマネジメントを講じることができない状況にあるためです。
私が入社した30年近く前は、リスクと言えば、社屋の火災、社用車の事故や、誰かに損害を与えた際の賠償保険など、比較的シンプルなものばかりでした。
しかし、ご存じの通り、テクノロジーの進化、社会の複雑化、個人の意識の変化などに伴い、リスクの幅が広がりました。
例えば、サイバー攻撃、セクハラやパワハラなどハラスメントでの訴訟、不祥事による企業の評判の低下など、リスクの質と量が増大しているのです。
どの企業にとってもリスクは脅威ですが、大企業であればリスクマネジメント専門の部署を設けるなど対応する体力があります。
しかし、日本の99%以上を占める中小企業の経営者の多くは自ら営業活動もする、資金繰りもすれば、従業員の労務管理も行っています。
目の前の仕事を優先せざるを得ず、リスクマネジメントまでなかなか手が回らない一方で、経営を揺るがしかねない新しいリスクは増加し続けています。
──背景として、どんなことが考えられますか。
数多くありますが、代表的なものが3つ挙げられます。
1つ目は、企業のM&Aや海外進出の加速による「ボーダレス化」です。
国内のみではなく、海外に出てチャンスを求めようとする企業が増えています。ただ、国内では問題のない事業活動が、海外では法的なリスクの対象となる場合が多々あります。
また「自社のビジネスは国内のみ」と考えている企業も安心できません。仕入れ先、納入先、最終製品が生活者に届くまでのサプライチェーンがすでにグローバル化している以上「ボーダレス化」のリスクは付きまといます。
例えば、取引先がサプライチェーン全体のCO2排出量をゼロにすると宣言した場合、その対応を怠ったり、そもそも知らなかったりすれば取引がなくなる可能性があります。グローバルの動向を意識しないだけでリスクとなる一例と言えます。
2つ目は、「人材の多様化」です。日本の社会は少子高齢化が進んでおり、国内の人材だけではまかないきれないため、海外からの労働力が増加しています。
一流企業ですら、採用難の時代です。利益を圧縮し、従業員の給料を上げる動きもみられますが、それでも簡単には人が集まりません。
この現状から、海外からの労働力に頼る企業も出てきていますが、文化的背景や商習慣の違いなどを考慮せずに多様な人材を受け入れることは、お客さま、取引先や労使間のトラブルにつながるリスクをはらんでいます。
3つ目は、「自然災害の激甚化・多発化」です。震災、さらに近年の豪雨の増加などが挙げられます。
数十年に1度という規模の自然災害がかなりの頻度で発生しています。大規模災害はいつ起こるかわからないから備えておいても意味がない、という話ではありません。「日本のどこかで毎年起こるもの」と認識を改め備えておく必要があります。
加えて、DXが進みテクノロジーの導入も加速度的に進んでいます。利便性は向上しますが、サイバー攻撃などの新しいリスクも同時に生まれており、経営を取り巻くリスクは複雑を極めています。
リスクの先にチャンスがある
──では中小企業はリスクにどう向き合えばいいのでしょうか?
全てのリスクをマネジメントすることが、非常に難しい時代になってきています。一方で、リスクを恐れ、ビジネスチャンスをつかみにいかなければ、成長する機会も失ってしまいます。
事業成長につながる環境とは何か、攻めの経営の実現を阻害するリスクが何か、を絞り込み、マネジメントをすべきです。
例えば、日本のマーケットが飽和化、縮小していることから、日本企業が、新しい市場を求めて海外進出を目指す動きは加速していますが、その際にもリスクマネジメントが肝要です。
また、事業成長のためには、採用数の確保、人材の定着が前提となり、従業員の退職は成長の阻害要因でありリスクです。
そこで、従業員に安心してモチベーション高く働き続けてもらうために、労災保険に民間保険を上乗せして加入し、がんなどの病気やケガで働けない期間の収入を保障するなど、福利厚生制度を充実させている企業もあります。
また労働力の確保については、海外からの労働力だけでなく、65歳以上のシニア世代の活躍も欠かせません。企業は健康経営に取り組み、従業員の健康に対する不安と向き合いながらも、安心して働き続けられる体制づくり進めていくことが重要だと考えています。
大切なのはこれから自社に起こりうるリスクを特定し、先んじて施策を講じること。
自社の事業成長に必要な要素は何かを考え、リスクマネジメントをすることが、経営戦略に直結する時代なのです。
あらゆる視点を取り入れよ
──リスクマネジメントが重要なことはわかりますが、そもそもリスクを見極めることが、非常に難しいと感じます。
「リスク」という言葉の意味は広範です。そのため、会社経営においては、リスクの定義、リスクの分類を専門的な知識に基づいて行うことが必須です。
われわれはリスクの種類を大きく3つに分類しています。資本の逸失リスク、事業運営リスク、経営戦略リスクです。
各カテゴリー別に、自社の事業成長のために、取るべきリスクは何か、抑えるべきリスクは何かを事業計画に沿って書き出し、把握すること、これがリスクマネジメントの第一歩です。
またわれわれのように日々企業のリスクに向き合っている第三者からみれば、業種業態によって、典型的なリスクには共通性があります。
経営者の方々は、事業経営で日々手一杯なことも多いわけですが、そういった時は、リスクマネジメントの専門的知見を持つ第三者の力を借りることも一つの術だと言えます。
──リスクマネジメントに保険は必ず必要なのでしょうか。
リスクマネジメントとして保険への加入は必ず必要ということではありません。数ある選択肢の一つです。
ただし、把握したリスクがどの程度の損害額になるか、事業への影響があるのかを判断、対応する際に、保険会社などの第三者視点はその一助になると考えています。
リスクマネジメントのファーストステップはリスクの把握ですが、その後のセカンドステップの対策は、「保有」「低減」「移転」「回避」の4つのパターンに分かれます。
例えば、サービスを通じて第三者に被害を与えるケース、食品メーカーであれば食中毒、メーカーであればリコールのようなリスクがあるとします。
こういった被害は膨大な金額になりますが、事前に詳細な損害額を見積もることが難しいものです。
損害額を企業が保有する預貯金では払いきれない場合もある。保険に加入することにより、保険金で数億円担保することも可能です。
リスクの詳細を考慮の上で、保険の加入も含めて、最適なソリューションを検討することをわれわれとしては、お勧めしています。
中小企業の現場を長年見てきて、一番もったいないと感じるのが、自動車保険や火災保険を別々の代理店で契約し、それぞれに「例年通りで」と契約を見直さずに更新している企業です。
損害保険の契約は基本的に1年更新ですので、こうした対応をしがちです。しかし、1年間で世の中のリスクにどんな変化があったのか、自ら知る機会を放棄してしまっているとも言えます。
リスクが多様化、複雑化し続ける中で、保険の更新のタイミングは自社だけでは足りない視点を補う絶好の機会です。
少なくとも年に1回は、リスクコンサルティングができる保険の担当者に「自社の現在のリスクをレビューしてほしい」と伝えることを推奨します。
「定期的なリスク検診」。これだけでも、リスクマネジメント力は確実に上がります。
リスクを挑戦に変える
──AIGは中小企業の挑戦をどう後押ししているのですか?
われわれの役割は、単にリスクの指摘をするだけにとどまらず、お客さまの事業成長に伴走するパートナーであり続けること、ととらえています。
事業全般のリスクコンサルティングはもちろん、保険料の負担とリスクのバランスを勘案し、全てを保険で対策するのではなく、予防・軽減策を、お客さまと一緒に考えることにも取り組んでいます。
例えば、従業員、さらに下請け業者の方々へ向けて、最新のリスクの勉強会の機会を設けるなど、リスクに関する知識を高めるサポートを行っています。
また、事故を未然に防ぐサポートの一例として、お客さまの工場に赤外線サーモグラフィを持ち込み、ブレーカーや変圧器などの熱源を探り、漏電や配線の老朽化を確認し、火災につながるリスクを予防することも実施しています。
──かなり地道な伴走も行うのですね。AIGはなぜ事業成長へ伴走できるのでしょうか。
個別判断が必要な非定型的なリスクと、業種業態ごとに起こりがちな定型的なリスクに対して、AIGが持つ強みをフル活用しているためです。
AIGは約190の国や地域で事業展開するグローバルカンパニーです。ですから、非定型的なリスクへの対応に必要な知見を備えています。AIGの海外の拠点と日本の拠点で連絡を取り合い、日本の拠点の担当者が海外進出を目指す経営者の相談に乗るなど、現地の知見をふまえたサポートが可能です。
定型的なリスクについては、営業担当者や代理店それぞれの知見を強化し、ナレッジが共有される体制を敷いています。例えば、保険を専業としているプロの保険代理店や直販の営業社員向けにリスクコンサルティングの実践型の研修プログラムを作り、常に最新のトレーニングを行っています。
最近は、建設会社が飲食業を手掛けるなど、企業が新しい業種・業態の事業を始めるケースが増えています。
その際にも、企業を担当している保険代理店や直販の営業社員が異なる業種特有のリスクについてアドバイスできるようナレッジを蓄積、共有しています。
──中小企業のリスクに関する知識を底上げすることのメリットは大きいのでしょうか。
そうですね。日本の中小企業が、リスクを予見し対応する能力を上げることができれば、新たな挑戦が生まれやすくなる。これが、日本の経済成長のカギになるのではと考えています。
世界経済が動けば、日本も動く、ビジネス環境も変わる、すると新しいリスクが生まれる。しかし、リスクを適切にマネジメントすることで、成長も生まれる。このループは今後も継続されると思います。
お客さまがリスクに上手に向き合いながら、成長をするために精一杯サポートすること。それがわれわれに課せられた使命であり、責務だと考えています。
執筆:村次龍志(アジト)
撮影:小池大介
デザイン:小鈴キリカ
取材・編集:山口多門
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