少子高齢化に伴う人口減少による国内市場の縮小が見込まれる中、海外へ進出しての製造・販売活動や、製品の輸出が、日本企業の事業の中で一層重要性を増しています。

海外進出は事業拡大のチャンスではありますが、企業としては、自社が製造または販売した製品に起因して、海外で製品事故が発生するリスクを認識しなければなりません。

1 日本及び海外における製造物責任

製造物責任とは、「製造物の欠陥によって損害が生じた場合に、製造者及び当該製造物の流通経路に関与した当事者が負うべき責任」をいいます。

日本では、平成6年に不法行為法の特別法として製造物責任法が成立し、平成7年7月1日から施行されています。日本の製造物責任法では、製造物の欠陥により生じた被害者の生命、身体または財産についての被害に関して、製造物に「欠陥」があることが立証されれば、製造業者等に「過失」がなくとも、製造業者等は賠償責任を負うことになります。

海外における製造物責任については、各国ごと(米国等においては州ごと)に規制の内容は異なりますが、日本企業にとってリスクが大きいと考えられている米国を例にとると、以下のような特徴があります。

 

【米国訴訟一般の特徴】

  • 州ごとに判例法や制定法によって独自の法が形成されており、裁判管轄等の手続法や損害賠償等の実体法について米国一般のルールが存在しない(日本企業の立場からすると、州によってリスクが一様ではない)
  • 職業裁判官ではなく、地域住民から無差別に選ばれた陪審員達が事実認定を行う
  • 被告の行為態様の悪質性や資力を踏まえ、「現実に発生した損害」を超えて懲罰的損害賠償が認められる可能性があり、賠償額が莫大になりがち
  • クラスアクション(共通点をもつ一定範囲の人々を代表して、一人または数名の者が、全員のために、原告として訴えまたは被告として訴えられるという訴訟形態)によって、多数の消費者の被害を一つの訴訟手続で救済することが比較的容易
  • ディスカバリー(当事者が相手方や第三者に対して、証拠開示を求める手続)の存在や弁護士費用の相場等から、多大な手続費用が生じる

 

【米国における製造物責任訴訟の特徴】

  • 多くのケースにおいて、被害を被った消費者が原告、大企業が被告という構図になることから、原告としては陪審員の共感を得やすく、原告有利な判断になりがちであるうえ、懲罰的賠償も(他の訴訟類型と比較して相対的に)認められやすい
  • 同じ製品の欠陥から同種の損害を被った人が多数存在するケースが多く、類型的にクラスアクションの要件が満たされやすいため、製造者等に莫大な損害賠償責任が課される可能性がある
  • 製品の流通経路に関与した複数の当事者を相手として責任追及を行うことが可能であり、結果的に、弁済能力の高い企業がターゲットとされることになる
  • 上記の各特徴によって、莫大な賠償額が得られる可能性があるため、成功報酬制で原告を支援する弁護士に人気があり、訴訟頻度が高い
  • 上記の各特徴により、被告側にとって難易度の高い訴訟類型といえ、専門性のある有能な弁護士の確保が重要

 

上記のような各特徴によって、米国における製造物責任のリスクは、日本と比較しても、非常に高いと考えられています。

2 海外賠償リスクに備えるための工夫

(1)製品安全対策と社内体制の整備

製造物責任のリスクを軽減させるためには、製品安全対策を徹底し、事故の未然防止を図らなければなりません。例えば、法律上の各種規制・業界の慣行・当該企業の特徴等を踏まえて、製品の品質・安全対策にかかるポリシーを策定し、広く従業員等に周知する等の対応をとることが一般的です。また、当該ポリシーを意味のあるものとするために、製品の品質管理・安全対策を目的とした社内組織を設置し、製品の安全基準や当該基準を遵守するための具体的な手続を定めるとともに、製品事故に関連する情報収集等を行うことも効果的です。製品事故発生のリスクを理解し、未然に事故を防ぐために、製品の安全性にかかる監査を定期的に実施することも考えられます。

万が一、訴訟になった場合を想定し、平時から、製品安全対策に最善を尽くしていることを示す資料や社内体制にかかる記録・データを整備しておくことが望ましいといえます。

(2)契約条項の取り決め

製品の売買等の取引契約において、自社に有利な条項を取り決めることによって、製造物責任のリスクを軽減させることも考えられます。ただし、取引当事者間の力関係によっては、これらの条項を利用できないことも十分にあり得ます。また、当該条項は取引当事者間では有効であっても、当該製品の使用により損害を被った第三者には対抗できないことに注意が必要です。

売主の立場から、有利な契約条項としては、例えば、以下のようなものが考えられます。

① 保証(Warranty)の制限・免責

製品の販売業者(売主)の立場からは、製品の売買等の契約において、保証(Warranty)の範囲を極力制限し、保証違反に基づく責任を問われないように配慮しておくことが望ましいといえます。

【具体例】

 “Seller warrants to Buyer that the Product will materially conform to the specifications set forth in Exhibit.

EXCEPT FOR THE WARRANTY SET FORTH ABOVE, SELLER MAKES NO WARRANTY WHATSOEVER WITH RESPECT TO THE PRODUCT, INCLUDING ANY (A) WARRANTY OF MERCHANTABILITY; OR (B) WARRANTY OF FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE; WHETHER ARISING BY LAW, COURSE OF DEALING, COURSE OF PERFORMANCE, USAGE OF TRADE OR OTHERWISE.”

 

【日本語訳】

「売主は、買主に対し、本契約品が、重要な点において、添付書類記載の仕様に合致することを保証する。

上記を除き、売主は、本契約品について、法律、取引の過程、履行の過程、取引慣習等に基づくか否かにかかわらず、本契約品の(A)商品性又は(B)特定目的への適合性にかかる保証を含む一切の保証責任を負わないものとする。」

② 補償(Indemnity)

製品の販売業者(売主)の立場からは、製品の売買等の契約において、補償(Indemnity)条項を設けることによって、売主が、消費者等の第三者から製造物責任を問われた場合の損失等を買主に転嫁することも考えられます。

【具体例】

“Buyer shall defend, indemnify and hold Seller harmless from and against any and all claims, loss, damages, liabilities (including settlements entered into in good faith), costs, and expenses (including reasonable attorneys' fees) incurred by Seller in connection with personal injury (including death) or damage to property caused by a defect in the Product.”

 

【日本語訳】

「買主は、本契約品の欠陥に起因する人身傷害(死亡を含む)又は財産的損害に関連する全ての請求について売主を防御し、売主が被った損失、損害、責任(誠実になされた和解を含む)及び費用(合理的な弁護士費用を含む)を補償し、売主に一切の損失を与えない。」

上記のような補償条項は、買主の立場からは受け入れられないことも多いと思われますが、そのような場合でも、例えば、以下のような責任制限条項を設定することで、売主のリスクの軽減を図ることが考えられます。

【具体例】

“In no event shall the indemnifying Party’s aggregate liability exceed [XX].”

 

【日本語訳】

「補償当事者の責任の総額は、いかなる場合でもXXを超えない。」

③ 仲裁条項

リスクの高い米国での訴訟等を回避するための方法として、仲裁条項(契約に関して生じた紛争を仲裁手続によって解決することを定める契約書の条項)を設けることも考えられます。明確な契約文言として定められれば、その適用範囲内において、ほぼ確実に民事訴訟を回避する手段となります。

【具体例】

“All disputes arising out of or in connection with the present contract shall be finally settled under [the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce] by one or more arbitrators appointed in accordance with the said Rules.”

 

【日本語訳】

「この契約から又はこの契約に関連して生ずるすべての紛争は、[国際商業会議所(ICC)仲裁規則]に従って指名される1名またはそれ以上の仲裁人によって、同仲裁規則に基づいて最終的に解決される。」

(3)海外PL保険への加入

海外における製造物責任訴訟は賠償額が莫大になりがちであり、企業経営上大きな影響をおよぼしますので、日本と比較しても、PL保険によるリスクヘッジがより重要と考えられます。海外PL保険に加入する際には、保険会社の海外におけるクレームハンドリング能力や国際ネットワークなどを考慮することが肝要です。

また、万一裁判所から訴状が届いた場合は、直ちに保険会社にその書類を提示して対策を検討する必要があります。保険会社への速やかな通知を怠った場合、訴訟への対応が遅れるだけでなく、保険会社から保険による対応を拒絶されるリスクも生じます。

海外PL保険に加入していた場合、保険会社では、現地の弁護士の選定、訴状の内容を検討し受けて立つか否かの検討及び答弁書提出の準備、関連調査、和解交渉等の対応がなされます。

3 海外でのPL訴訟事例

(1)米国の例

【事案】

本件は、カリフォルニア州在住の個人が、家電メーカー(以下「メーカー」といいます。)の製造した室内暖房器具を使用したまま就寝したところ、当該暖房器具の付近に置かれていた衣服に火が燃え移り、そのまま自宅が燃焼し、自宅から逃げ遅れた家族が死亡したという事案です。

同事故で死亡した被害者の遺族が原告となり、メーカーを被告として、同社が製造した室内暖房器具に欠陥があったと主張し製造物責任に基づく損害賠償請求を求めました。損害額としては、被害者が死亡したことによって生じる家族の損害(家族としてともに生活することや扶養を受ける利益等の損害)や家族自身の慰謝料の金額等が争点となりました。

 

【裁判所の判断】

米国の民事訴訟の大きな特徴の一つとして陪審制が挙げられますが、本件の訴訟も室内暖房器具の欠陥の存否及び損害額についての判断は、陪審の評決に委ねられました。

陪審は、室内暖房器具について、警告・表示上の欠陥があったと認定し、被告に対し、合計約5900万米ドル(現在のレートで約81億円)の損害賠償責任を認めました。損害賠償額の内訳は、被害者が死亡したことによる家族の損害として約1400万米ドル、残された家族4人の慰謝料として合計約4500万米ドルとされています。

(2)中国の例

【事案】

本件は、中国在住の個人が、大手家具小売店(以下「販売店」といいます。)から購入したガラス製マグカップを使用して水を飲んだところ、突然マグカップが破裂し、当該個人に顔面裂傷等の傷害が生じたという事案です。

同事故の被害者は、ガラス製マグカップに欠陥があることを知りながら販売したと主張し、販売店に対し権利侵害責任法に基づき、商品代金と治療費等を含む損害額の2 倍の懲罰的賠償を請求しました。

 

【裁判所の判断】

裁判所は、原告の主張する損害の発生の事実を認定した上で、ガラス製マグカップの破裂は原告がガラス製マグカップを利用する際に生じたものであるから、ガラス製マグカップには欠陥が存在したことが認められるとし、販売店に対し約4 万元(現在のレートで約80万円弱)の損害賠償の支払を命じました。他方で、販売店がガラス製マグカップを販売する際にその欠陥を明らかに知っていたとは認められないため、懲罰的損害賠償は認められないと判断しました。

このように本件の裁判例では、懲罰的損害賠償が否定されましたが、中国においては、①販売者が製品に欠陥が存在することを明らかに知っていたこと、②欠陥を認識した後も依然として製造、販売を継続したこと、及び、③第三者の生命又は健康に重大な損害をもたらしたこと、の三つの要件が満たされるような場合には、懲罰的損害賠償が認められており、製造業者の損賠賠償リスクが日本と比較しても高いことに留意が必要です。

4 まとめ

上記のとおり、海外の製造物責任リスクは日本と比較しても高く、海外でビジネス展開する日本企業にとって無視することができません。もちろん、海外で製品事故が発生することのないよう万全の対策をとることが重要ですが、それと同時に、海外で損害賠償責任を問われる状況に備えて、予め海外PL保険に加入しておくことも有用です。

本記事では、海外でビジネス展開を行う企業を念頭に、海外における製造物責任のリスクを説明しましたが、海外と直接取引を行わない場合でも、自社の知らないところで自社商品がEC市場等を通して国外に流出することが考えられます。その意味では、海外でビジネス展開する企業はもちろんのこと、専ら国内での事業を念頭に製品を製造している企業にとっても、海外の賠償リスクに対する備えは重要といえます。

(執筆者)

森・濱田松本法律事務所

弁護士 片桐 大

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(情報提供元)

森・濱田松本法律事務所

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号 丸の内パークビルディング

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