経営者が働けなくなったときに備える民間の保険を解説します

仕事中や通勤途中の事故でケガをしたり、業務が原因で病気になったりした場合、会社員には労働者災害補償保険(以下、労災保険)をはじめとするセーフティネットがあります。では、経営者がケガや病気で入院し、働けなくなったとしたらどうすればいいのでしょう。

「健康保険の傷病手当金や労災保険といった公的保障は適用されるの?」、適用されないなら「民間の医療保険を活用するべきなのか?」など、さまざまな疑問が浮かんできます。また、事業を継続させるための備えも必要です。

ここでは、経営者が働けなくなったときに備える民間の保険や、対策について解説していきます。

働けないリスクを考える重要性

会社員にとって、自分が働けなくなったときに固定費の支払いや収入の獲得方法を考えておくことは大切なことです。そしてこれは、自分がいなくなったら会社が回らなくなる経営者も例外ではありません。

そもそも、思いがけずケガや病気を患ってしまう可能性は誰にでもあります。たとえ経営者といえども、事故によるケガや、無理がたたって療養が必要な病気にかかったら、休む必要が出てきます。また、激務や人間関係などからくるストレスが災いして、精神的な病にかかって働けなくなるおそれもあります。このように自分の意志とは関係なく、ケガや病気が原因で働けなくなるリスクは確かに存在しているのです。

万一、経営者がケガや病気で働けなくなると、どのようなことが起きるのでしょうか。主に次の2つのリスクが生じる可能性があります。

収入が減って自身や家族の生活に影響するリスク

働けなくなれば、収入が減って自身や家族の生活に影響する場合もあります。

家賃や住宅ローン、教育費、税金、日々の生活費といった支払いは、当人の事情に関係なく発生します。また、ケガや病気であれば手術や入院、治療のための医療費もかかるでしょう。

したがって、働けない状態が長期化すれば、経済的に苦しくなる可能性があるのです。

事業の継続が危うくなるリスク

経営者は、事業の最終的な意思決定を担う存在です。また、経営者自身が強力な営業力を持ち、事業を牽引しているような中小企業では、社長の不在が売上の減少にストレートに結びついていることもあります。

そのため、経営者が働けなくなるということは、会社としての方向性を決めたり、収益を確保できなくなったりすることにつながる可能性があるのです。

さらに、業績が悪化してしまっても、経営者が動けなければ資金繰りに奔走することもできません。

社会保障制度のルールは経営者にも適用される?

会社員が働けなくなった場合は、健康保険や労災保険などの社会保障制度で収入や治療費の不足分をカバーすることができます。経営者も会社員と同様に、社会保障制度が適用されるのでしょうか。

まずは、健康保険や労災保険のルールについて、詳しく見ていきましょう。

健康保険の傷病手当金は支払われなかった給与が対象

健康保険の被保険者は、ケガや病気で働けなくなったときに傷病手当金を受け取ることができます(傷病手当金の支給対象は本人のみ)。傷病手当金が支給される要件は下記のとおりです。

<傷病手当金の支給要件>

  • 業務外の事由による療養を要するケガや病気であること
  • ケガや病気が原因で労務不能であること
  • 連続する3日間を含む4日以上仕事に就けなかったこと
  • 休職中、給与の支払いがないか減額されていること(休業期間中に支払われた給与の日額が傷病手当金の日額よりも少ない場合はその差額分)

経営者も健康保険に加入しているので、上記の要件をすべて満たせば4日目から傷病手当金を受け取れることになります。

しかし、経営者の収入は役員報酬ですから、仕事ができない状態に陥ったとしても役員報酬は支払われるケースがほとんどでしょう。そのため、経営者に傷病手当金が支給されるというケースはまれです。
 

そこで役員報酬の額をゼロにしたり減らしたりする方法もありますが、その場合は株主総会で役員報酬を減額する決議をしなくてはなりません。そして、役員報酬を減額・不支給にする決議が記載された議事録の写しを提出するなどの手続きが必要となります。
 

結論としては、役員報酬が支払われる限り、経営者の収入はこれまでと変わらないため、傷病手当金は受け取れません。反対に、役員報酬が支払われなくなれば、傷病手当金を受け取ることができます。
しかし、傷病手当金の支給額は「支給開始日の属する月以前直近の継続した12ヵ月間の標準報酬月額の平均額÷30日×3分の2」です。つまり、傷病手当金を受け取れたとしても、収入としては3分の2となってしまいますから、何らかの対策が必要となるでしょう。

出典:「傷病手当金について」(全国健康保険協会)https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g6/cat620/r307/を加工して作成

労災保険

労災保険制度は、厚生労働省によると「労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度」です。

なお、労災保険における労働者とは、「職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者」をいい、労働者であればアルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係ありませんが、使用者である経営者は、労災保険の対象ではありません。
 

しかし、例外として労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託していれば、労災保険の特別加入制度があります。これは、中小事業主であれば、一般の労働者と同様に作業するケースがあることからできた制度です。中小事業主であれば、労働保険事務組合を通じて特別加入申請書を提出し、労働局長の承認を受ければ、労災保険の特別加入制度に加入できます。なお、たとえ特別加入をしていても、経営者としての業務を行っている際のケガなどの場合は対象外となりますので、注意が必要です。具体例としては、経営者として銀行へ融資の相談に行くあいだの事故は対象外であり、一般の労働者と一緒に工場で機械を使用し作業している際の事故は対象となります。

なお、特別加入が認められる会社規模の条件は下記のとおりです。

■特別加入が認められる会社規模

業種 労働者数
金融業 50人以下
保険業
不動産業
小売業
卸売業 100人以下
サービス業
その他 300人以下

特別加入のデメリットとしては、保険料に加えて労働保険事務組合に手数料・年会費を支払わなくてはならないことが挙げられます。
ある程度のコストがかかるため、費用対効果を考えて加入の決定をしましょう。また、受け取れる金額も保険料によって限られてしまうため、特別加入の有無にかかわらず、民間の損害保険の加入を検討するとよいでしょう。

出典:「労災補償」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/index.htmlを加工して作成
「特別加入制度のしおり(中小事業主等用)」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040324-5.htmlを加工して作成

民間の保険には治療費や収入をカバーするタイプがある

民間の保険には、治療費をカバーするものと、収入をカバーするものの2種類があります。これらは、経営者でも加入可能です。

治療費をカバーする医療保険

民間の医療保険に加入していれば、ケガや病気で治療や入院をした際の入院費や治療費、諸費用、入院時の生活費などの補償を、加入している保険の範囲内で受けられます。

基本的に民間の医療保険は、社会保障制度だけではカバーしきれない自己負担分の費用を軽減するための保険です。

収入をカバーする所得補償のための民間の保険

収入の不足分をカバーしたいのであれば、所得補償のための民間の保険に加入しておくのがおすすめです。ケガや病気で就業できない状態になった場合に、毎月一定の給付金を受け取れますので、収入が減ったときに役に立つ保険といえるでしょう。

民間の医療保険の種類

経営者が民間の医療保険に加入するときは、どのようなことに注意すればいいのでしょうか。注意したいポイントとしては、補償してほしい内容を元に保険を選ぶことです。せっかく民間の医療保険に入っていても、有事の際に対象にならなければ意味がありません。ここでは、補償の異なる「日額型」と「実費補償型」の2つの種類についてご紹介します。

日額型

「日額型」は、入院1日あたり1万円など、設定した入院給付金が日数分支払われます。1日あたり1万円で10日間入院したとすると、医療費の自己負担分が少額だった場合でも10万円を受け取れますが、反対に自己負担分が10万円以上になっても10万円までしか支払われません。また、給付対象の手術を受けた場合は、「手術給付金」がもらえます。

実費補償型

「実費補償型」で補償の対象となるのは、入院中の治療などのために必要となる健康保険の自己負担額分です。設定した上限金額の範囲内であれば、実際にかかった治療費に応じて保険金が支払われます。

経営者の場合、入院中でも仕事をしなければいけないケースもが出てくるかもしれません。例えば、取引先に電話を掛けたり、社員と機密情報をやりとりしたりということを考えると、複数人が入院する大部屋ではなく、個室の方が適していると言えます。通常、健康保険は、個室を使用する際にかかる「差額ベッド代」は対象外で、全額自己負担となります。しかし、実費補償型には、差額ベッド代を含む個室使用料を支払の対象としているプランもあります。

民間の所得補償のための保険の種類

次に、経営者向けの、所得補償のための民間の保険についてご説明します。

所得補償のための民間の保険には、損害保険会社が販売する「所得補償保険」と、生命保険会社が販売する「就業不能保険」という2つの商品があります。

所得補償保険(損害保険)

損害保険会社の所得補償保険は、ケガや病気で働けなくなったとき、その期間に減ってしまった収入の不足分を損害とみなして補償するものです。

所得補償保険は保険期間の長さによって、短期型と長期型に分けられます。
 

短期型は、ケガや病気で短期間のみ働けなくなるといった状況に備える保険です。保険期間や補償される期間は数年と短く、保険加入後にケガや病気で働けない状態になっても保険金や給付金が支払われない「免責期間」は7日程度と短いことが特徴です。

一方の長期型は、寝たきりになって働けなくなるような状況などに備える保険です。保険期間は60歳または65歳までなど長くなっていますが、免責期間も60~365日程度と長くなっています。

就業不能保険(生命保険)

生命保険会社が販売する就業不能保険も、ケガや病気で働けなくなったときに役立つ保険です。就業不能に陥ったときに、公的保障ではカバーできない収入減少分を給付金として受け取れます。

給付金は通常、就業不能状態から回復するまで、もしくは保険期間満了まで受け取れます。所得補償保険と同じく、30~180日程度の免責期間もあります。
 

就業不能保険では、年収や健康保険でまかなえる金額などを考慮して、契約時に毎月の給付金額を設定します。この給付額や、加入者の年齢によって支払う保険料が決まるのです。

商品によって給付金の給付条件が大きく異なりますので、条件をしっかり確認して自分に最適な商品を選びましょう。

所得補償保険と就業不能保険の違い

所得補償保険と就業不能保険は、保険金額の設定や保険期間などが異なります。所得補償保険は、保険金額が所得の50~70%、保険期間は1~5年となっていることが多く、就業不能保険は、契約前の年収に応じた上限額内で保険金額を設定し、保険期間は50~70歳を満期として設定することが多くなっています。

  所得補償保険 就業不能保険
短期型 長期型
保険金額 所得の50~70% 契約前の年収に応じた上限額内で保険金額を設定
免責期間 7日程度 60~365日程度 30~180日程度
保険期間 1~5年が多い 60~65歳を満期として設定することが多い 50~70歳を満期として設定することが多い

経営者不在の場合の事業継続計画(BCP)を考える

経営者が長期間働けない場合、会社の経営自体が危ぶまれるかもしれません。そこで、経営者が不在の場合に備えて、事業継続計画(BCP)を見直してみるのはいかがでしょうか。事業継続計画は、地震などの自然災害や火災など、事業の継続性が危ぶまれた際に事業の継続方法や復旧手段などをあらかじめ決めておく計画のことですが、経営者不在の場合も同様の準備をしておくことをおすすめします。
 

事業継続計画で準備したいのは、経営者が働けなくなってから復帰するまで、「代理として誰がどのような業務を担当するか」「取引先や金融機関にどのような対応をするか」などを決めたマニュアルです。

誰か一人に経営者代理を任せられるのであれば理想的ですが、複数の人間に業務を割り振らなくてはならないのであれば、担当すべき業務内容と負うべき責任についての詳細な指示が必要です。
 

次に、運転資金についてのシミュレーションも欠かせません。経営者が不在となったときに売上や経費がどのように変化するかを見極めて、対応策を用意しましょう。資金繰りや資金調達の方法について、目星をつけておくことも重要です。

民間の保険に加入して治療に専念できる環境を作ろう

経営者にとって、ケガや病気で働けなくなるリスクを想定しておくことは非常に大きな意味を持ちます。

経営者は、自身が働けなくなったときのことを想定して保険に入り、療養に専念することで早期復帰を目指しましょう。

なお、備えたい民間の保険については、会社を取り巻く環境や社会保障制度で不足する部分はそれぞれ異なりますので、保険会社に相談した上で検討してみてください。

 

*記載されている法令、規則等は記事作成日現在のものです。
*AIG損保は掲載内容につき万全の注意をしておりますが、内容の正確性完全性につきこれを保証するものではありません。
*お客さまの個別の案件につきましては、専門家・専門機関にご相談ください。

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監修者プロフィール:

山本喜一(やまもときいち)

社会保険労務士法人日本人事

特定社会保険労務士、精神保健福祉士

 

上場支援、労働基準監督署、労働組合、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。現在は同一労働同一賃金対応に力を入れている。著書「補訂版 労務管理の原則と例外 働き方改革関連法対応」新日本法規など多数。

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