企業が事業を行う上では、職場の安全衛生についての取り組みを行っていくことが大切です。企業には労働基準法、労働安全衛生法をはじめとした労働安全法令にもとづいたさまざまな義務が定められており、怠った場合には罰則が科される可能性もあります。
この記事では、企業で求められる安全衛生と、労働安全衛生法によって企業に求められる人員や業務体制などについて解説します。
安全衛生とは?
安全衛生とは、労働者の安全(労働安全)と健康(労働衛生)を守り、快適な職場環境を形成するための取り組みです。ここでは、安全衛生の基本的な考え方と目的について解説します。
安全衛生の考え方
安全衛生の基本的な考え方は、労働者を「企業にとっての重要な資産」と位置づけ、企業がその健康維持と災害防止に努めることにあります。
危険のない安全な労働環境や設備の整備を前提として、労働者の安全と健康を最優先に考えることが重要です。
安全衛生の目的
安全衛生の目的は以下のとおりです。
・労働災害の防止
労働者のケガ・病気・死亡の労働災害を未然に防ぐ
・メンタルヘルス不調や過労死の未然防止
労働者の心身の健康を総合的に守る
・働きやすい環境の整備
労働者が安心して働ける環境を整えることで、モチベーションやコミュニケーションの向上を促す
・組織パフォーマンスの向上
安全な職場を構築して組織全体の生産性を高める
・企業責任の履行
企業の責任として安全で快適な職場を構築する
「安全衛生の目的」の最初に記載している「労働災害」とは、労働者が業務に起因して被るケガや病気、死亡のことです。
厚生労働省の最新統計によると、令和6年の新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを除いた労働災害による死亡者数は746人(前年比9人減)と過去最少となりましたが、休業4日以上の死傷者数は135,718人(前年比347人増)と4年連続で増加しました。
同時に、近年では過労死やメンタルヘルス不調への対応も急務とされています。
労働災害を防止することで安心して働ける職場になれば、労働者のモチベーションが向上したり、コミュニケーションが活性化したりすることも期待できます。結果、組織全体のパフォーマンス向上にもつながっていくはずです。
労働災害防止は企業の責任であるという強い自覚を持ち、安全で快適な職場環境を整えていく必要があるといえるでしょう。
出典:「令和6年 労働災害発生状況について」(厚生労働省)
安全衛生に関する法律
職場の安全衛生は、複数の法律によって規定されています。
企業が遵守すべき主要な法律は以下のとおりです。
労働基準法
労働基準法は、労働者の労働条件の最低基準を定めた法律です。
労働基準法第42条は労働安全衛生法への委任規定を置いていますが、労働基準法自体にも安全衛生に関する重要な規定が存在し、両法が相互補完的に労働者の安全衛生を保護する体系となっています。
出典:「労働基準法」(e-Govポータル)
労働安全衛生法
労働安全衛生法とは、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境を形成する目的で1972年に制定された法律です。労働基準法から安全衛生に関する部分を独立させ、より詳細で専門的な規定を設けています。
労働安全衛生法では、職場の安全衛生を確保するため、業種や業務内容、事業場規模などに応じてさまざまな人員の選任を求めています。また、安全衛生教育、健康診断、危険防止措置、労働災害の報告義務なども定められています。
出典:「労働安全衛生法」(e-Govポータル)
労働安全衛生法施行令と労働安全衛生規則
労働安全衛生法施行令は、労働安全衛生法の委任を受けて制定された政令で、法律の具体的な適用範囲や基準を定めています。一方、労働安全衛生規則は、法律と施行令をより詳細に規定した厚生労働省令で、実務上の具体的な手続きや基準が定められています。
これらの法令により、企業は労働者の安全と健康を守るための包括的な法的枠組みに従って、適切な安全衛生管理を行う義務があります。
出典:「労働安全衛生法施行令」「労働安全衛生規則」(e-Govポータル)
労働安全衛生法で企業に選任が求められる人員
労働安全衛生法では、職場の安全衛生を確保するため、業種や業務内容、事業場規模などに応じてさまざまな人員の選任を求めています。
ここからは、労働安全衛生法によって選任が義務づけられている人員について解説します。
なお、この常時使用する労働者の人数は事業場ごとの人数を指し、日雇労働者、パートタイマーなどの正社員以外の労働者の数を含めて、常態として使用する労働者の数をいいます。また、派遣労働者については、事業場規模を算定する際に、派遣先及び派遣元双方の事業場について算出します。
■労働安全衛生法によって選任が義務づけられている人員と選任の条件
名称 |
業務内容/業種/常時使用する労働者数 |
総括安全衛生管理者 |
・業務内容 出典:「職場のあんぜんサイト:総括安全衛生管理者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
安全管理者 |
・業務内容 出典:「職場のあんぜんサイト:安全管理者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
衛生管理者 |
・業務内容 出典:「職場のあんぜんサイト:衛生管理者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
安全衛生推進者 |
・業務内容 ・業種
▼安全衛生推進者については、下記の記事をご覧ください 【社労士監修】安全衛生推進者とは?なぜ選任が必要なのか、その役割を解説
出典:「職場のあんぜんサイト:安全衛生推進者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
衛生推進者 |
・業務内容 労働者の安全・衛生のための措置や教育 ・業種 安全衛生推進者の選任が必要な業種以外 ・常時使用する労働者数 10人以上、50人未満 |
産業医 |
・業務内容
▼産業医については、下記の記事をご覧ください
出典:「職場のあんぜんサイト:産業医[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
統括安全衛生責任者 |
・業務内容 出典:「職場のあんぜんサイト:統括安全衛生責任者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
安全衛生責任者 |
・業務内容
▼安全衛生責任者については、下記の記事をご覧ください 【社労士監修】安全衛生責任者とは?役割や選任要件などについて解説
出典:「職場のあんぜんサイト:安全衛生責任者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
店社安全衛生管理者 |
・業務内容 出典:「職場のあんぜんサイト:店社安全衛生管理者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
元方安全衛生管理者 |
・業務内容 出典:「職場のあんぜんサイト:元方安全衛生管理者[安全衛生キーワード]」(厚生労働省) |
企業に求められるメンタルヘルス対策
前述の「安全衛生の目的」でも触れましたが、労働者の心身の健康を総合的に守るためには、メンタルヘルス不調や過労死の未然防止が不可欠です。
実際のところ、昨今は職場でのメンタルヘルス対策が、企業にとって重要な課題のひとつとなっています。
労働安全衛生法では、労働者の心の健康を保持増進するための措置についても規定しており、企業には、以下に紹介するようなストレスチェックの実施やカウンセリングの体制づくりに加え、一定の長時間労働者に対する労働時間の通知と申出による医師面接などの過重労働対策が求められています。
ストレスチェックの実施
2015年12月より、常時使用する労働者数が50人以上の事業場では、毎年1回のストレスチェックの実施が義務化されました(※)。ストレスチェックは、従業員自身のストレスへの気づきを促し、メンタルヘルス不調のリスクを低減させることを目的として実施するものです。
ストレスチェックは、結果を労働者本人に通知することが義務付けられており、高ストレス者として判定され、本人が申し出た場合には、医師による面接指導を実施しなければなりません。加えて、事業者には集団分析を実施し、職場環境の改善に活用することが努力義務とされています。
※なお、2025年5月14日に「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」が公布され、公布後3年以内の政令で定める日より、常時50人未満の事業場でも、ストレスチェックの実施が義務化されます。
出典:「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)」(厚生労働省)
カウンセリング体制の整備
メンタルヘルス対策として、企業にはカウンセリング体制の整備も求められます。具体的には、カウンセリングルームの設置やメンタルヘルス研修の実施、相談窓口の設置などが挙げられます。
労働者が気軽に相談できる環境を整えることで、メンタルヘルス不調の早期発見・早期対応につながり、重篤化を防ぐことが可能です。また、管理職が部下のメンタルヘルス不調のサインを見つけ、適切な対応を行うためのラインケア研修なども重要な取り組みとなっています。
▼メンタルヘルス対策については、下記の記事をご覧ください。
労働安全衛生法で求められる業務・体制
企業は、労働者の危険や健康障害を防ぐために、さまざまな措置を講じなければなりません。労働安全衛生法によって義務づけられている主な措置は以下のとおりです。
<労働安全衛生法で求められる、主な業務・体制>
衛生委員会・安全委員会の開催
労働安全衛生法により、企業には衛生委員会と安全委員会の設置が義務づけられています。
衛生委員会は労働者の健康障害防止や健康増進について、安全委員会は労働者の安全や危険防止について、それぞれ労使一体となって調査審議を行います。
また、一定の業種では衛生委員会と安全委員会、または両委員会を統合した安全衛生委員会を設置し、毎月1回以上開催しなければなりません。
▼衛生委員会・安全委員会・安全衛生委員会については、下記の記事をご覧ください。
健康診断の実施
労働安全衛生法によって、企業が労働者を雇い入れる際には、医師による健康診断を労働者に対して実施する義務があります。採用後は、1年以内ごとに1回(特定の業務の場合は6ヵ月に1回)の医師による健康診断の実施が義務づけられています。
▼健康診断については、下記の記事をご覧ください。
安全衛生教育
安全衛生教育は、労働災害を防止し、労働者が安全で衛生的に業務を遂行できるようにするための教育です。
労働者の雇い入れ時や作業内容の変更時の安全衛生教育(特定の危険有害業務従事者へは特別教育)の実施、新任の職長や監督者、指導者への安全衛生教育の実施が、労働安全衛生法で義務づけられています。
▼職長教育については、下記の記事をご覧ください。
労働災害防止措置
労働安全衛生法では、事業者が労働災害を防止するための措置として、機械・器具・爆発性の物などによる危険の防止措置、原材料やガス、粉じんなどによる健康被害の防止措置などが定められています。
なお、労働災害には労災保険(労働者災害補償保険)が適用され、労働者は治療費や休業時の補償などが受けられます。労働災害によってケガや病気を負った場合は、原則として労働者本人の医療費の負担はありません。
危険な作業が必要な機械などの届出
労働安全衛生法により、機械などのうち、危険もしくは有害な作業を必要とするもののほか、危険な場所において使用するもの、危険・健康障害を防止するために使用するものについて、設置・移転などをする際は労働基準監督署に届け出なければなりません。
届出が必要な機械などの種類も、労働安全衛生法によって定められています。
リスクアセスメント
リスクアセスメントとは、職場の潜在的な危険性や有害性を特定し、それを除去・低減させるための一連の手順です。
例えば労働安全衛生法では、法令で定められた対象物質を製造・取扱う事業場については業種や規模に関わらずリスクアセスメントの実施が義務化されており、対象物質以外の化学物質については努力義務とされています。
出典:「化学物質のリスクアセスメント実施支援」(厚生労働省)
危険な業務、危険物への対応
労働安全衛生法によって、クレーン運転をはじめとした所定の危険な業務に関しては、免許保有者や技能講習修了者などの資格者でなければ業務に就けないという就業制限が定められています。
また、爆発性や発火性などの危険物のほか、化学物質などの有害物を取り扱う場合は、定められた内容を容器などに表示するといった対応が求められます。
定期自主検査
労働安全衛生法により事業者は、ボイラーなどの対象となる機械について、定期的な自主検査と点検結果の記録・保管を行う義務があります。自主検査を行う機械のうち特定の機械については、一定の資格を持つ検査者による特定自主検査が必要です。
快適な職場環境のための措置
労働安全衛生法では、快適な職場環境を整備するための指針として、厚生労働省は「快適職場指針」を策定しており、企業にはこの指針に沿った改善努力が求められています。具体的には、作業内容に応じた照度、騒音・振動の防止、休憩設備の設置、室内の換気などが挙げられます。
また、カウンセリングルームを設置したり、メンタルヘルス研修を実施したりするなど、メンタルヘルス不調への適切な対策も求められます。
出典:「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針(平成4年労働省告示第507号)」(厚生労働省)
このほか、夏場などに注意したい労災のひとつが熱中症です。屋外作業はもちろんですが、屋内でも発症する可能性があるため、オフィスワークであってもきちんと予防策を実施しましょう。
なお、2025年6月1日から、労働安全衛生規則が改正され、事業者に対して熱中症対策が義務づけられました。熱中症を生ずるおそれのある作業(※)を行う場合は、熱中症を防止する体制づくりや、熱中症患者の報告体制の整備などが求められます。
※WBGT(湿球黒球温度)28度又は気温31度以上の作業場において行われる作業で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるもの
出典:「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」(厚生労働省)
▼熱中症予防対策については、下記の記事をご覧ください。
ストレスチェック
ストレスチェックは、従業員自身のストレスへの気づきを促し、メンタルヘルス不調のリスクを低減させることを目的に実施します。
労働安全衛生法では、常時使用する労働者数が50人以上の事業場において、2015年12月より毎年1回のストレスチェックの実施を義務化しました。なお、労働者数50人未満の事業場では、努力義務となっています(法改正により、2025年5月14日以降、3年以内に政令で定められた日から、50人未満の労働者を雇用する事業場も実施が義務となります)。
労働災害発生時の対応
労働災害が発生した場合、企業には迅速かつ適切な対応が求められます。労働安全衛生法でも、労働災害発生時の対応について、具体的な義務が定められています。
主な対応は次の3つです。
療養補償などの給付
労働災害によってケガや病気を負った場合、労災保険(労働者災害補償保険)が適用され、労働者は治療費や休業時の補償などを受けることができます。労働災害による治療費は、原則として事業主の負担する保険料によってまかなわれます。
なお、労災指定病院であれば、労災保険による「療養補償給付(業務災害)」「療養給付(通勤災害)」を直接受けることができ、労働者が医療費を立て替える必要はありません。企業は、労働者が適切な医療機関で速やかに受診できるよう案内し、必要な手続きを支援することが求められます。
労働基準監督署への報告(労働者死傷病報告)
労働災害が発生した場合、事業者は所轄の労働基準監督署に対して「労働者死傷病報告」を提出する義務があります。
報告が必要なケースは以下のとおりです。
・労働者が死亡または休業4日以上の災害を被った場合(事故発生後、遅滞なく報告)
・休業4日未満の災害については、被災者ごとに取りまとめ、四半期ごとに報告(翌月末まで)
なお、従来は休業期間によって異なる様式(第23号・第24号)を使い分けていましたが、2025年1月からは様式が統一され、すべての死傷病報告を原則として電子申請で行うことが義務化されました。
電子申請には、厚生労働省のポータルサイト「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」の利用が便利です。
出典:「労働者死傷病報告の報告事項が改正され、電子申請が義務化されます(令和7年1月1日施行)」(厚生労働省)
自然災害時の安全配慮
近年、地震や台風などの自然災害が頻発していることから、自然災害発生時における企業の安全配慮義務についても注目が集まっています。企業には、労働契約法により労働者の安全を確保するための適切な措置を講じる義務(安全配慮義務)があると定められています。それは、自然災害の発生が予想される場合や、実際に発生した場合でも同様です。
具体的には、「避難計画の策定」「安全な避難場所の確保」「災害情報の収集・伝達体制の整備」「従業員の安全確認方法」の確立などです。
出典:「労働契約法」(e-Govポータル)
▼自然災害時の安全配慮義務については、下記の記事をご覧ください。
労働安全衛生法の罰則
労働安全衛生法に違反すると、懲役または罰金が科される場合があります。労働安全衛生法における多くの罰則は、両罰規定となっており、違反した実行者(行為者)だけでなく、事業主である法人なども罰せられるというものです。
罰則の対象となるケースには、労働者を雇い入れる際に安全衛生教育を行わない安全衛生教育実施違反(50万円以下の罰金)や、クレーン運転などの運転を無資格者に危険有害業務を行わせる無資格運転(6ヵ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)などがあります。
出典:「労働安全衛生法」(e-Govポータル)
職場の安全衛生管理は企業の重大な責務
労働者の安全と健康を守り、快適に安心して働ける職場づくりを行うことは、企業にとっての重要な責務です。労働安全衛生法の遵守はもちろん、職場の安全衛生を確保するために必要な対策を心掛けましょう。
今後、企業が成長していくには、人材の確保が重要になります。優秀な人材を確保するためには、福利厚生の充実とともに、安全で安心して働ける職場だということを認知してもらう必要があるでしょう。職場にどのようなリスクがあるかを把握し、労働安全衛生法にもとづいた防止策を検討・実行することが大切なのはもちろん、法令で定める以上の安全で働きやすい職場づくりが重要です。
※本原稿は2025年8月26日時点の法令にもとづいて作成しています
監修者プロフィール:
山本喜一(やまもときいち)
特定社会保険労務士、公認心理師、精神保健福祉士
上場支援、相談窓口の設計・対応支援、ハラスメント、個性の強い社員、メンタルヘルス不調者対応などを得意とする。著書「補訂版 労務管理の原則と例外 働き方改革関連法対応」新日本法規、「労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務」日本法令、「IPOの労務監査標準手順書」日本法令、「相談者を裏切らない 機能する社内相談窓口のつくり方」中央経済社など多数。
MKT-2026-501
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