1.働く世代のがんの実態

働く世代のがん患者が増えています。がんは、1980年代からずっと日本の死因一位です。最近の調査では、日本ではおおよそ2人に1人ががんにかかると言われています(※)。「がんになったらもう働けない」のではなく、「がんと共に生きる」時代です。今回は、働く世代のがん治療とお金の問題について解説します。

(※)参考:公益財団法人 がん研究振興財団-「がんの統計2021」

働く世代のがん患者の増加

調査によると、がん患者は高齢者だけでなく30代以降の働く世代の患者も少なくないことが示されています。

(参照:公益財団法人 がん研究振興財団-「がんの統計2021」-「部位別年齢階級別がん罹患率(2017年)」を元に筆者作成)

同調査によると、40歳以上でがんに罹った男性のうち、胃、大腸、肝臓などの消化器系のがんが約50~60%を占めます。女性では、40歳代で乳がんが約50%、子宮がんと卵巣がんが合計約20%を占めています。30~50代の子育て世代に女性特有のがん患者が増えています。

「がん」=離職の時代ではなくなった

検査法や治療法が進み、早期発見・早期治療によって「がんは治せる病気」になっています。

 

男女別に多いがんの部位を罹患数と死亡数をまとめました。

男性の5大がんは、前立腺がん、胃がん、大腸がん、肺がん、肝臓がんです。女性は、乳がん、大腸がん、肺がん、胃がん、子宮がんです。

死亡数予測では、男女ともに、肺がん、大腸がん、胃がん、膵臓がんが上位を占めています。前立腺がんや乳がんは、罹患数が多くても死亡数は少ないがんと言えます。

 

(参照:国立がん研究センター「がん統計予測」-「がん罹患者数予測(2021年)」「がん死亡数予測(2021年)」を元に筆者作成)

がんと診断され治療を開始して5年経過したことを一定の治療効果が出た目安としていますが、5大がんについて、がん罹患時のステージごとに5年生存率を見てみます。

(参照:公益財団法人 がん研究振興財団-「がんの統計2021」-「がん診療連携拠点病院等(都道府県推薦病院含)における5年生存率(2010~2011年診断例」を元に筆者作成)

前立腺がんや乳がんはステージⅠ、Ⅱでの診断が多く、5年生存率も90%を超えています。「ステージが早ければ5年生存率が高い」ことが実証されています。早期発見・早期治療の重要性を再認識しましょう。

2.治療と仕事を続ける課題

がんを抱えながら生き続ける人が増えている実態が見えてきました。がんの治療には時間もお金もかかります。がんの治療をしながら、働き続けるにはどうしたらいいでしょうか?

がん治療中の社員が抱える問題

東京都福祉保健局の調査を参照し、がん治療中の社員が抱える治療と仕事の両立問題を3つに分類しました(※)。

 

経済的な問題

・治療費が高い、治療費がいつ頃、いくらかかるか見通しが立たない(27.3%)

・働き方を変えたり休職することで収入が減少する(24.5%)

 

治療のため仕事の継続が難しい問題

・治療の後遺症や副作用の影響で通勤することが困難(24.5%)

・有給休暇が不足して仕事を継続することが困難(12.0%)

 

治療と両立する働き方の問題

・体調や治療の状況に応じた柔軟な勤務(勤務時間や勤務日数)ができない(16.7%)

・職場内に治療と仕事の両立の仕方や公的医療保険制度について詳しい相談相手がいない(9.4%)

・病気や治療のことを職場に言いづらい雰囲気がある(8.7%)

・治療と仕事の両立について誰(どこ)に相談すれば良いのかわからない(7.3%)

 

(※参考:東京都福祉保健局-「東京都がん医療等に係る実態調査(がん患者の就労等に関する実態調査結果(がん患者の就労等に関する実態調査)-「第2章 調査結果 3.患者調査」

がん治療と仕事の両立は可能?

がん治療と仕事の両立はどうすれば可能になるでしょうか?解決には、患者だけでなく企業の就労支援や勤務環境整備が必要になります。がん患者に限らず病気の治療をしながら働く人、家族の介護や育児と仕事を両立させたい人にも共通の問題です。

どうしたら治療や介護・育児と仕事を両立できるのか、働きやすい環境を整備するにはどうしたらいいのか、経営者と社内検討会をするだけでも両立のヒントは出てきます。実際に制度を作る前に、公的医療保険や行政の両立支援について調査し、社内で情報共有して検討することも役に立ちます。

すぐに100%完璧な両立制度はできなくても、できることから試しながら、問題を抱える社員にとって使いやすい制度を少しずつ作っていくことが両立への第一歩です。

がんになっても働ける職場づくり

東京都福祉保健局の調査によると、(がんに限らず)治療と仕事の両立支援の取り組みをしている企業は約5割でした。取り組んでいない企業の理由として、「従業員から明確な要望がない」「何に取り組んでいいのかわからない」「取り組む財政的な体力がない」が挙げられています(※)。

 

(※参考:東京都福祉保健局-「東京都がん医療等に係る実態調査(がん患者の就労等に関する実態調査結果(がん患者の就労等に関する実態調査)-「第2章 調査結果 5.企業調査」

 

「対象者もいないのに、がんになっても働ける職場づくりをする必要はない」と考える経営者もいますが、この取組はがん患者のためだけではありません。がんになっても働ける職場づくりをしようとすることで、属人的な働き方の解消、働きやすい勤務環境の整備、相談しやすい職場のコミュニケーション向上などにつながります。がん患者はいなくても、介護や子育て、メンタルの課題を持つ社員にとっても働きやすい職場になります。

3.治療と仕事の両立支援とは?

国や行政では、がん患者や企業に対して、がんの治療と仕事を両立していけるようにさまざまな支援策を用意しています。治療と仕事を続ける支援策について解説します。

なぜ両立支援が必要なのか

国立がん研究センターでは、がんになっても仕事を続けたい人と企業を支援するために、「がんになっても安心して働ける職場づくりガイドブック」を作成しています。具体的な事例を交えて安心して働ける職場づくりのヒントが紹介されています。

 

その中で「がん対策は健全な経営に欠かせない」と書かれています。

その理由の一つとして「誰でもがんと診断される可能性がある」と挙げられています。社員だけでなく、経営者や役員もそうです。いつ起きるかもわかりません。それに備えることが健全な経営に欠かせません。

 

もう一つの理由として「人を大切にすることは時代の大前提」と掲げられています。

日本の企業の抱える課題達成に必要なことが、人を大切にすることです。長期的に見れば、高齢化が進む日本国内においては人手不足がより深刻になります。企業の規模に関わらず、病気や介護・育児で戦力の社員を失うことなく事業を継続していくためには、両立支援に取り組むことが求められているのです。

 

(参考:国立研究開発法人 国立がん研究センター-「がんになっても安心して働ける職場づくりガイドブック 中小企業編」

両立支援の実態

両立支援としては、1)柔軟な働き方を可能とする勤務環境を整備する、2)治療費や休業による収入減などの不安を解消する、3)治療や問題を抱えても働くことのできる人を大切にする企業風土を整える、の3点が必要です。

1)柔軟な働き方を可能とする勤務環境整備

企業において、柔軟な働き方を実現させるためにどんな取り組みが導入されているかは、「東京都がん医療等にかかる実態調査」に企業のアンケート結果が紹介されています。

・時差出勤制度(44.2%)

・所定労働時間を短縮する制度(43.8%)

・時間単位の休暇制度(31.9%)

・失効年次有給休暇の積立制度(20.1%)

・フレックスタイム制度(19.2%)

・在宅勤務制度(15.7%)

…など

 

(※参考:東京都福祉保健局-「東京都がん医療等に係る実態調査(がん患者の就労等に関する実態調査結果(がん患者の就労等に関する実態調査)-「第2章 調査結果 5.企業調査」

 

2)治療費や休業による収入減などの不安の解消

①社内支援制度の周知

制度があっても社員が知らない、周知していないということもよくあります。病気になってから慌てて調べるのではなく、入社時から安心して働ける制度があることを社員に周知しておくことが大事です。

がんだけでなく、介護や育児などの問題が起きた場合もすぐやめるのではなく、働き続ける方法はないかと相談しやすい環境を整えることができます。

 

・有給休暇、傷病休暇、半日・時間単位の休暇制度の有無

・短時間勤務、時差出勤、在宅勤務、テレワーク、フレックスタイムなど

・企業で加入しているがん保険、医療保険、社員向けの所得補償保険などの給付

・総務など相談窓口の周知と外部の産業医や保健師など相談窓口の案内

 

②公的な支援制度の周知

社員は社会保険で支援される制度についてもほとんど知識はありません。両立支援の制度を設けるときは、担当者が社会保険や健保組合などの支援制度も調べ、定期的に研修や掲示板などで必要な社員が情報収集できるようにします。

 

・高額療養費制度

・医療費控除

・傷病手当金

・障害年金

・難病・がん患者就業支援奨励金

 

③その他の情報提供

がん患者や家族の不安を少しでも解消できるよう、①②に加えて、個人加入の保険会社への問い合わせを促したり、がんに関する研究センターや患者会などの有無についてもわかる範囲で情報提供したりなど、調べるヒントを提供すると良いでしょう。

 

・個人で加入している保険や契約内容

・国立がん研究センター、がん情報サービス

・各地のがん相談支援センター、患者会など

 

3)人を大切にする企業風土を整える

企業向けに下記のような支援策があります。専門家を活用して制度を整えることもできます。

 

・労働者健康安全機構による「治療と仕事の両立支援助成金」

両立支援コーディネータの派遣と両立支援制度導入支援を受けるとき、事業者が費用の一部の助成を受けることができます。

 

参考:労働者健康安全機構-「令和3年度治療と仕事の両立支援助成金(制度活用コース)」

 

・産業保健総合支援センター

各都道府県に設置された産業保健総合支援センターでは、治療と仕事の両立支援の相談員を配置し、個別訪問指導、患者と事業者の調整支援などを行なっています。

 

参考:労働者健康安全機構―「産業保健総合支援センター(さんぽセンター)」

中小企業が両立支援に取り組むメリット

・人手不足の解決

がんで休職・退職となっても、すぐに代わりの人材を採用することは簡単ではありません。がん患者に限らず介護や育児の両立支援をしている会社は、人を大切にする働きやすい会社として新規採用に有利です。理念や働く人に求めることも明確にして良い人材を採用し、長期育成をはかることができます。

 

・既存戦力の有効活用

ベテラン社員の中には、専門職と管理職業務など複数の仕事をこなしている社員もいます。がんや急病になってから慌てるのではなく、リスクを想定し普段から複数で業務分担する体制を整備することで、既存戦力のノウハウを社内で共有することができるようになります。

 

・女性・シニア人材の健康リスクの回避

定年延長や女性の潜在能力活用で中高齢の人材採用が増えます。体力の衰えや更年期障害など健康リスクが高くなるのは仕方ありません。両立支援制度で過度な負担をなくし、細く長く働きやすい環境を整えることができます。

両立支援に取り組まない場合に想定されるリスク(トラブル)

もし、両立支援に取り組まない場合、どんなリスクが想定されるでしょうか?

一つは、社内に制度がないからと相談せずに社員が退職してしまうリスクです。もう一つは、両立支援の教育をしないことによって、病気を理由としたハラスメントや解雇トラブルなどが発生するリスクです。

万一発生すれば、企業経営に莫大な影響(損害賠償請求)を与えてしまいます。

 

いま必要とする社員がいないから後回しにするのではなく、経営者として経営戦略として、両立支援に取り組むことが求められます。

 

執筆者プロフィール

奥野美代子

中小企業診断士/MBA/

中小企業診断士として250社以上の経営戦略策定や事業計画策定支援を行う。最新のWEBマーケティング支援による経営改善や社員育成で理想のお客さまからぜひと言われるブランディング支援で高い評価を得る。

外資系ブランドPR27年の実績をもとに「魅力発信ブランディング」コーチングで院長のビジョン実現とスタッフ育成を行い、採用・集患に悩むことなく地域から選ばれる開業医の魅力発信・ブランディングを支援します。

 

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