カスハラという言葉が広く認識されるようになった現在、厚生労働省の「ハラスメント関係指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針)」にカスハラの言及がされたこともあり、対応を検討する会社が増えています。

一方で、いざカスハラの対応の検討を進めようとしても、何から行えば良いかわからない、検討を始めても難しくてなかなか進められないと感じている会社もあるようです。

 

この記事では、カスハラについての概要のほか、会社としてのカスハラ対応の難しさ、カスハラ対応においてありがちな誤解、そしてカスハラ対応を検討する際の心構えについて、弁護士であり、企業実務の問題解決を得意としている宮田佳明が解説します。

なお、この記事に続く後編では、会社はどのようにカスハラ対策を行えばいいのか具体例を解説します。前編と後編、2つの記事を読むことで、「会社として、カスハラ対応は何に注意して、どのような対策をすれば良いのか」ということが理解できるようになるはずです。

 

<この記事は前後編で構成されています>

前編:カスハラ対応は難しい?ありがちな誤解と事前の心構えを弁護士が解説    ↑今回はこちら

後編:カスハラ対策は事前準備が肝心!弁護士が対応例も解説します

解説: 宮田 佳明 AIG損害保険株式会社 法務部 弁護士 

司法試験合格後の司法修習中に「企業の実務を知らずして適切なアドバイスはできない」と、自ら研修受入先企業を開拓し司法修習生として企業実務を学ぶ。その縁で、法律事務所の弁護士になる道ではなく、企業内弁護士として企業の中からそこで働く人々を支援する道を選択。弁護士登録後一貫して企業内弁護士としてキャリアを積んでいる。法律の専門的知識を提供するのではなく、それを使ってビジネスの現場の問題解決をすることに注力している。

カスハラ(カスタマーハラスメント)とは?

カスハラ(カスタマーハラスメント)とは、「顧客からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされています。

ここでは、要求内容と要求態度を総合的に検討した上で、社会通念上妥当な範囲を超えている苦情や迷惑行為がカスハラであると理解しておきましょう。

出典:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(厚生労働省)

カスハラの対応をしっかりできないとどうなる?

会社がカスハラ対応をしっかりできていないと、安全配慮義務違反として従業員から損害賠償の請求を受けたり、カスハラに対して不適切な対応指示をした上司が従業員から不法行為責任を追及されたりということも考えられます。会社には安全配慮義務といって、従業員の生命、身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務があるからです。

お客さま対応をする従業員の安全を確保するという会社の法的な責任の観点からも、カスハラ対応は必須といえますが、いざカスハラが起こったとして、準備ができていないと現場で適切な対応をとることは困難です。現場の混乱を避けるためにも、会社として事前に準備をしておくことが必要なのです。

 

もし、現場の従業員がそれぞれの感覚でお客さま対応をした場合、我慢強いAさんはメンタル不調をきたしてしまって休職あるいは退職に追い込まれてしまうかもしれません。また、正義感の強いBさんは不当な要求と感じたことを経緯も聞かずに強く突っぱねてしまい問題が余計大きくなって裁判になってしまうということもあるかもしれません。

今はSNSなどによって容易に情報のやりとりが可能な社会ですから、お客さまへの首尾一貫しない対応がさらなる問題を生む懸念もあります。退職などに追い込まれた従業員が会社のこのような問題を発信し会社における人材採用が困難になる可能性だってあります。

そのため、カスハラの対応で大事なのは、会社としてきちんと事前に準備しておくということなのです。

カスハラ対応の難しさ

カスハラ対応の必要があることは十分理解している。しかしカスハラ対応はパワハラやセクハラの対応とは違う難しさがある…そんな声も耳にします。会社にとって、なぜカスハラ対応が難しいと感じられるのか、その理由について考えてみたいと思います。

1 加害者がお客さまであること

カスハラ対応が難しいという一番のポイントは「加害者がお客さまであること」です。会社でカスハラ対応を考えようとなったとき、会社は被害者の立場から加害者への対応を考えなければならないのです。加害者とはすなわちお客さまです。加害者でさえなければ、会社にとって最も大切な人です。

そのため、ある行為をカスハラと判断、つまりそのお客さまを加害者と判断して、もしその判断が誤っていたら致命的な問題になるという懸念を抱えて、対応を検討しなければなりません。また、お客さまの行為をカスハラであると判断したとして、大切なお客さまに対して「どこまで言って(やって)いいのか」という対応内容の悩みが生じます。

いずれも間違った判断・対応をすると、ほかのお客さまからも「客に対してとんでもない対応をする会社だ」と悪評が立ち、事業に多大な影響を与えるのではないかと頭を悩ませる要因となります。

2 自社(自社の従業員)が被害者であること

カスハラでは基本的に自社が被害者となります。そのため被害者側の立場で加害行為に対する対応を考えることになるのですが、その場合、予防措置を講じるというのはかなり難しく、起こるであろう加害行為を予測してその適切な反応を検討するということになります。

 

これはどういうことかというと、例えばパワハラ対応と比較して考えてみましょう。

パワハラ対応を考えようとなったとき、会社が最初に思いつくのは「パワハラを起こさないようにしよう」です。つまりパワハラを予防する対応を考えるのです。パワハラ対応は基本的に加害者も被害者も自社内にいますから、自社従業員に対して加害者にならないよう事前に教育をしっかり行うことでパワハラの発生を防ぐことができます。このような予防措置を検討するほうが、パワハラが起きてからその対応をケースバイケースで考えるよりも圧倒的に簡単です。つまりパワハラ対応としては、「パワハラが起きたらダメ」なのであって、「いかにパワハラを起こさないようにするか」というのが主眼です。

 

一方、カスハラ対応の場合、自社は被害者です。被害者の立場で予防措置を講じるのは限界があります。例えばパワハラの例のように「加害者にならないよう教育をする」という基本的な予防措置はとれません。その結果、パワハラの際には避けていた「起きてから対応する」というケースバイケースの判断を、ある程度事前に考えないといけないという難問に直面するのです。

これもまたカスハラ対応が難しい要因のひとつになっているといえるでしょう。

 

パワハラ対策については、下記の記事をご覧ください。

中小企業がパワハラ防止法に取り組む際の注意点【社労士監修】

3 カスタマーハラスメントという定義の曖昧さ

これまで述べてきたところで、「カスハラという判断を誤れない」「ケースバイケースの判断を、事前に考えなければならない」という難点に直面しました。それらの難度をさらにあげるのが「カスタマーハラスメントの定義の曖昧さ」です。

カスハラの定義は前述しましたが、この定義をもって自社の従業員が全員同じ認識を持ち、完璧に判断できるようになるなんて楽観的に捉えることは到底できません。

「要求内容」について判断するにも、例えば従業員の起こした何らかのミスに起因してお客さまが金銭要求をしてきたとして、その金銭要求が法律上損害賠償責任として認められる内容ならば、社会通念上妥当な要求であってカスハラには該当しません。法律上の損害賠償責任としては到底認められない金銭要求だった場合に、不当な要求としてカスハラに該当しうるのです。そうなると、カスハラ判断には法律知識が必要なんじゃないか、自社では判断が難しいじゃないかと思ってしまいますね。

また、要求自体はおかしくないという場合に、社会通念上妥当な「要求態度」とは何なのか。これも事前に、網羅的に示すことなど到底できません。そんな中、自社の担当者が勝手に「社会通念上妥当じゃない要求態度だ」と判断して、お客さまを加害者扱いすることになったら大変危険です。「社会通念」は目に見えませんから、「それってあなたの感想ですよね」とでもなれば、担当者が行ったことは、大切なお客さまに濡れ衣を着せただけということになります。

 

パワハラやセクハラ対応を検討したときも定義の曖昧さで頭を悩ませた方は多いと思いますが、予防措置の場合は、多少定義が曖昧でも、「グレーな行為も含めて疑わしい行為はやめなさい」と指導すれば良いわけです。それでも、パワハラではない正当な行為が、ハラスメントだといわれるトラブルは見受けられます。一方で、上述のとおり、カスハラ対応は予防措置が取りづらく、ケースバイケースでの対応になるため、グレーな行為も含めて正面から取り上げて対応を検討しなければいけないという厄介さを孕(はら)んでいるのです。

また、お客さまが、要求そのものは過剰とか悪質とはいえないものの、自社では対応できないような要求をしてきたとします。初回の電話での要求に対しては普通に応対できる、2回目の電話も許容できた。しかし3回目、4回目と続き、ついに1ヵ月で300回の電話対応。ここまでくれば社会通念上妥当な要求態度ではないと判断できますが、では、果たして何回目でカスハラと判断することができるのでしょうか?このようなことからも、カスハラ定義の曖昧さがおわかりいただけたかと思います。

 

ハラスメントの種類については、こちらの記事をご覧ください。

【社労士監修】中小企業が行うべきハラスメント対策とハラスメントの種類

カスハラ対応でありがちな誤解

さて、ここまでカスハラ対応の「難しさ」を見てきました。

難しさの要因は、(1)加害者がお客さまであるため、対応の判断を誤った場合に会社の社会的評判を大きく損ねる可能性があること、(2)カスハラが起きないようにするといった予防対策がしづらいこと、そして、(3)何を判断基準にカスハラと定義するのか曖昧なことの3つです。

これらがカスハラ対応を積極的に進められない要因として挙げられ、実際、カスハラ対応を難しくしていることは否定できないでしょう。ただ、これは「難しい」だけで「できない」理由にはならないはずです。「難しい」なら「簡単」にしてみましょう。

まずは、カスハラ対応についてありがちな誤解というものについて解説したいと思います。

次の説例をご覧ください。

■説例

週の始まり月曜日。とある会社のコールセンターでいつもと違う、ある事件が起きていました。

田中さん
「課長、今日Aさんお休みですか?」
 

課長
「Aさんは、先週対応していた案件で、ちょっとメンタルが不調になって休職することになったんだ」

田中さん

「それって、カスハラ対応で、メンタル不調になってしまったということですよね!?」

課長

「田中さん、お客さまからの苦情をカスハラなんて言うのは良くないよ。お客さまは神様だと思って対応するようにと、いつも言っているでしょう。そのお客さまの件なんだけど、まだ解決してないから、今日以降、田中さんが対応してもらえるかな。ひとまず今日、こちらから電話することになっているから、担当変更の挨拶も兼ねて早めに電話してほしい。この件は元々当社の対応に不手際があったのは間違いないので、納得いただくまで謝るしかないと思うんだ。担当が代われば流れも変わるかもしれないし、お願いね」

田中さん

「はい…わかりました」

~1ヵ月経過~

田中さん

「課長、あのお客さまなんですが、納得いただけていない状態が続いています。私が担当してから書面での説明や電話での説明を繰り返していますが、要求が通らないとお怒りになる一方です。この1ヵ月、毎日1時間近く電話しているような状況ですし、お客さまからは『お前のようなバカでは話にならないから上司を出せ』と言われています。これってカスハラじゃないでしょうか?」

課長

「そうだな…カスハラに該当するかしないか、一度法務部にも相談してみるか…」

※説例はフィクションです。

上の例では、お客さまがどういう要求をされているのか、どういうことがあって苦情になったのか、その際のお客さま側の言動はどのようなものなのか、そういった細かい事情はわかりません。ですが、Aさんがメンタル不調で休職に入らざるをえない状態であったようですし、田中さんも1ヵ月のあいだ、毎日1時間近く電話しているとか「お前のようなバカ」というような暴言をされたことを踏まえて考えると、カスハラに該当する事例なんだろうという評価はできそうです。

そのため会社としては何らかの対応をとる必要がある…というかもっと早く、遅くともAさんが休職に入らざるをえない状態になったときに対応をとっていないとおかしいのではないか?という状況にあるといえます。

 

この説例では、誤解ともいうべき両極端な意見が2つ、垣間見えます。

誤解:「お客さまは神様である」または「カスハラした者はもはや客じゃない」

カスハラ対応を進めにくいという立場の意見として、お客さまは神様だというような考え方をもっている方がいます。説例の課長もこの考え方です。他方で、カスハラ対応を推進する立場の意見として、カスハラするような者はもはや客ではないんだというような考え方を持っている方もいるようです。なお、このような考えはカスハラ対応に及び腰な人を発奮させるためのものとして有効性がありますが、今回は別としておきます。

 

私としては、そんなに両極端に考えるべきではないという意見を持っています。カスハラの認定が難しいというのは前述しましたが、そのような難しい認定に依拠して「神」か「客ではない」かを決めるのは危険すぎますし、判断を躊躇(ちゅうちょ)する要因になってしまいます。

 

同じような誤解に、「お客さまには何も言えない」または「客じゃないなら何でも言える」という考え方もあります。

上の点とも関連しますが、お客さまは神様だ、「だから何にも言えない(できない)」という考えはおかしいですし、カスハラをする者は客じゃないから何しても良いというのはいずれも行きすぎでしょう。このような考え方は、結局のところ、お客さまの行為をカスハラと認定するかどうかで、会社の対応が大きく変わってしまうことを意味するため、逆にカスハラという認定をしにくくなるというのが現実ではないでしょうか。

誤解:「カスハラに該当するかしないか、判断しなければならない」

問題になっている苦情や迷惑行為について、「カスハラに該当するかしないかしっかりと基準に照らしあわせて判断しなければならないんだ」これも私は誤解だと思っています。

上の説例で課長は「カスハラに該当するか該当しないか」相談しようとしていますが、仮に「カスハラに該当する」となったところで、その後の対応策が決まるでしょうか?逆に「カスハラに該当しない」となったら、この案件について何も対応しないなんて、ありえるでしょうか?

 

カスハラは法律用語ではありません。カスハラというものに該当したとして法律効果が何ら規定されているものではないのです。つまりこの観点からは「カスハラ」と認定判断することに意味などまったくありません。

例えば、自社の店舗で従業員が、何にも正当な理由がなくお客さまから殴られているとしましょう。その現場にあなたがいたとして、このお客さまの行為についてカスハラと認定してからでないと、対応を決められませんか?そんなことないですよね。暴行を多少力づくでも止めて、警察に連絡するなどの対応をとりますよね。このことからもわかるように「カスハラの認定判断」と「その行為に対する対応」は必ずしも連動していません。むしろ、「非常事態が起きたなら、こういう対応をしましょう」というような取り決めをしておくことに意味がありますし、この「非常事態」を想定するときに自社で起きやすい典型的なカスハラ事例のようなものを挙げておくことが有用ということになります。

この起こりうる、そして会社として対応を統一的に設定しておいたほうが良い「非常事態」を考えることが、自社にとってのカスハラの定義なり判断基準なりにつながっていくものなのです。

カスハラ対応を検討する際の心構え

これまでの解説を踏まえて、カスハラ対応を検討する際の心構えを私なりに表現するならば、下記の3つになります。ぜひ、役立てていただければ幸いです。

心構え1.「お客さまは神様である。ただし災いを呼ぶ神(邪神)もいるのだから付き合い方は一律ではない」

「お客さまは神様である」と一般的に使われているこの言葉は、そもそも本来の意図とは違う意味で使われているといいます。元々はある歌手がお客さまに歌を唄う際に、神前で祈るときのような雑念を払って澄み切った心でなければ完璧な藝を見せられないという心情を表したもので、それゆえ目の前のお客さまを神様と表現されていたようです。ただ、その本来の意図とは違う一般的な理解を前提としても、お客さまが神様であるならば、当然善神もいれば邪神もいらっしゃるでしょうから、常に善神だという前提で付き合い方を考える必要はありません。

心構え2.「邪神だって神である。神である以上、雑な対応が許されるわけではない」

お客さまの中に善神も邪神もいらっしゃるとして、邪神なら雑な対応をしていいかというと当然そうじゃありませんよね。むしろ邪神の怒りを買ったら善神の怒りよりも大変なことになりそうな気がします。邪神だったとしても雑な対応をして良いわけではなく、邪神なら邪神に対するなりの対応というものがあるはずです。

心構え3.「判断するのはカスハラに該当するかどうかではない。お客さまの難儀な要求(難儀なお客さま)に対する対応を決めておくだけで良い」

カスハラかカスハラじゃないか…それが問題だ、ではないのです。カスハラという抽象的で曖昧な言葉に該当するかどうかを判断することが必要なのではなく、お客さまからの難儀な要求に対してどのように対応するかという判断が肝心だといえます。難しいのはお客さまからの要求だけであって、問い自体は至極単純です。

「お客さまからの要求にどう対応するか、会社として基準を決める」あるいは「対応をどうするかという決定・相談プロセスなどを事前に決める」ということが大切です。

カスハラ対応の心構えは理解した…では実際の対策はどうすればいい?

今回の前編では、カスハラ対応の難しさとありがちな誤解について解説し、カスハラ対応に当たる際の心構えをお伝えしました。後編では、カスハラ対策について具体的に解説したいと思います。大切なのは、カスハラへの事前準備です。下記をクリックしてぜひご一読ください。

後編:カスハラ対策は事前準備が肝心!弁護士が対応例も解説します

 

 

※本記事中の意見はすべて解説者個人の見解であって所属する組織は一切関係ありません。また本記事中記載の説例、例示、その他事実的記載は仮定のものであって所属する組織や実在の人物等とは一切関係ありません。

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