1 統計からみる建設現場における事故のリスク

厚生労働省が公表をしている「令和2年労働災害発生状況の分析等」によると、建設業の死亡者数及び死傷者数(休業4日以上)は、過去2年と比較して、いずれも減少傾向にあるものの、死亡者の業種別割合に関しては、以前として建設業の割合が約32%と最も大きな割合を占めており、高い傾向が続いています。

ひとたび建設現場で事故が発生すると、事故の内容次第では、高額な損害賠償請求を受けるリスクに加え、マスメディア等により報道された場合、社会的な責任も問われることになります。

このため、建設現場における事故のリスクは、建設業者にとって事業を継続していくうえで、決して軽視することができない重大なリスクといえます。

今回のコラムでは、まず建設現場で事故が発生した際に事業者が負う責任について確認をしたうえで、クレーン車の転倒事故を題材として、想定される損害賠償リスクについて解説をいたします。

2 事故発生時に事業者が負う責任

はじめに、事業者が負う責任について、みていくことにしましょう。建設現場で事故が発生した場合、事業者は大きく以下の3つの責任を負う可能性があります(なお、以下では、事業者に過失があることを前提にします)。

(1)民事責任

まず、事故が発生し、それにより従業員や通行人が怪我をしてしまったり、あるいは近隣住民の自宅や車を損壊してしまうなどした場合、民事上の責任として、被害者に対し損害を賠償する責任が生じます。

(2)刑事責任

また、事故の結果、被害者が亡くなったり(死亡事故)、重大な怪我を負ってしまう、あるいは被害者が多数にのぼるなどした場合、民事責任とは別に、業務上過失致死傷罪(刑法211条)などの刑事責任を問われることもあります。

(3)社会的責任

上記の法的責任に加えて、事故がマスメディアによって報道されたり、あるいはSNSによって拡散されるなどした場合、事業者は社会的な責任を追及されることもあります。

実際、過去に発生した大型事故の事案では、事故の発生、さらには杜撰な安全管理体制等が大きく報道された結果、会社としての信用(レピュテーション)を失い、受注していた契約についても解除されてしまい、資金繰りが悪化し、倒産してしまったケースも散見されます。

このため、事業者としては、事故が発生した場合には、これらの責任を問われることを念頭に、平時から事故が発生しないようにしっかりと安全管理体制を構築したうえで、工事を進めることが求められます。

3 建設現場における損害賠償リスク

なお、上記のリスクのうち、民事責任については、事故の内容次第では、1つの事故であっても複数の被害者から損害賠償請求をされるリスクがあることに留意する必要があります。

以下、クレーン車の転倒事故を念頭に、想定される損害賠償リスクについて、みていくことにしましょう。

(1)従業員等からの損害賠償請求

まず、建設現場において、クレーン車の転倒事故が発生し、事故により自社の従業員が怪我を負ったり、死亡という事態が生じてしまった場合、従業員本人、あるいはその遺族から損害賠償請求を受けることになります。

この点に関して注意が必要なのは、一定の場合(特別な社会的接触関係が認められる場合)には、自社の従業員だけではなく、下請業者の従業員に対しても、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うことがある点です。また、元請業者から事業を請け負ったいわゆる「一人親方」(労働者ではない個人事業主)に対しても、「実質的な使用従属関係」があると認められる場合には、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償責任を負う場合があります(たとえば、大阪高裁平成20年7月30日判決など)。

「責任を負うのは自社の従業員だけでは?」と誤解をされている方も多くいらっしゃるところですので、注意してください。

(2)通行人や近隣住民などの第三者からの損害賠償請求のリスク

次に、クレーン車の転倒事故により、従業員等の怪我等だけでなく、たとえば現場付近を歩いていた歩行者が怪我を負ってしまったり、あるいは隣接する家や建物、自動車などに損害が発生した場合、歩行者や所有者といった第三者に対しても損害賠償責任を負うことになります。隣接する建物が店舗の場合には、損壊した建物の修繕費用に加え、営業が出来なくなってしまった期間の休業損害についても賠償請求をされるリスクがあります。

(3)クレーンの所有者からの損害賠償請求のリスク

さらに、実務上、クレーン車をはじめとして、工事に必要な重機については、リース契約により調達しているケースも多いところ、転倒事故によりリース物件自体が壊れてしまった場合には、物件の所有者に対しても損害賠償責任を負う可能性があります。重機には本体価額が非常に高額なものもありますので、賠償金の負担が大きくなるリスクがあります。

このように、一口に民事責任といっても、事故の内容次第では、複数の相手に対し損害賠償責任を負う可能性があることを認識する必要があります。

4 建設現場における事故へのリスクマネジメントは必須の経営課題

以前、別のコラムでも解説しましたが、令和2年4月1日から施行された改正民法では、法定利率が年5%から年3%へと引き下げられました。

その結果、事故を理由とする損害賠償請求について、遅延損害金に関しては法定利率の引き下げにより、改正前に比べ支払う金額は減少するものの、逸失利益(※事故がなければ将来得られたはずの収入等が得られなくなったことによる損害)に関しては、法定利率の引き下げにより、中間利息として控除される金額が減少するため、改正前と比べると、賠償金額自体は増加する傾向にあります。

Ex:22歳のサラリーマンが建設現場近くを歩行中、クレーン車の転倒事故に巻き込まれ死亡した場合

※法務省作成の公表資料より事案を変えて引用

事故を理由とする損害賠償請求自体が高額化している傾向があること、そして前記3で説明したとおり、1つの事故であっても被害者が複数に及ぶ場合があることを踏まえると、ひとたび事故が発生すると、事業者としては自社では対応しきれない多額の損害賠償義務を負担する可能性があります。

このため、事業の継続性を確保する観点からは、平時から自社において想定されるリスクを洗い出したうえで、万が一の場合に備え、賠償責任保険等への加入など、適切にマネジメントをしておくことが求められます。

 

(このコラムの内容は、令和4年3月現在の法令等を前提にしております。)

(執筆)五常総合法律事務所 弁護士 持田 大輔

 

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