1 問われる企業の管理責任

最近、従業員の過労運転について、企業が管理責任を問われるケースが増えてきています。

令和4年4月には、運転手が勤務中に心筋梗塞で死亡したのは過重労働等が原因であるとして、遺族から会社に対し損害賠償を求めた事案について、「長期間の過重業務の結果、心筋梗塞を発症したと認めるのが相当」であるなどとして、横浜地方裁判所が約3700万円の支払いを命じ、大きく報道されました。

また、平成28年に山陽自動車道下り八本松トンネルで起きた多重衝突事故では、トラックの運転手に有罪判決が下されただけでなく、雇用主である運送会社及び運行管理者に対しても刑事責任が問われるなどしています。

これらの事案からもわかるとおり、過労運転に伴うリスクは、従業員に自動車の運転をさせている企業にとって重要な経営上のリスクの1つといえます。

このコラムでは、過労運転についての基本的な考え方と、過労運転に伴い企業に生じるリスクについて、概要を解説いたします。

2 過労運転とは?

はじめに、「過労運転」とはどのような状態での運転を指すのか、確認をしていきましょう。

道路交通法では、「何人も…、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない」とし、過労により正常な運転ができないおそれがある状態での運転を禁止しています(同法65条)。

そして、使用者や安全運転管理者など自動車の運行を直接管理する地位にある者は、運転する者に対し、過労により正常な運転ができないおそれがある状態で運転することを命じたり、あるいは運転することを容認してはならず(同法75条)、違反行為に対しては、3年以下の懲役または50万円以下の罰金を定めています(同法117条の2第10号)。

具体的にどのような状態が過労運転にあたるのかについては、厚生労働省が公表をしている「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(改善基準告示)が参考になります(なお、令和6年4月1日以降は、改正された告示が適用されます)。

 

同基準では、原則として、

・1カ月あたりに拘束時間は、293時間を超えないものとすること

・1日あたりの拘束時間は、13時間を超えないものとすること

・勤務終了後、継続8時間以上の休息期間を与えること

・運転時間は2日を平均し、1日当たり9時間、2週間を平均し1週間あたり44時間を超えないものとすること

・連続運転時間(1回が連続10分以上で、かつ、合計が30分以上の運転の中断をすることなく連続して運転する時間)は、4時間を超えないこと

とされています(同基準第4条1項)。

実務的には、同基準を前提に、過労運転とならないように運転者の労働時間等を管理することが大切です。

3 過労運転に関する企業のリスク

次に、過労運転に伴い生じる企業のリスクについて、見ていくことにしましよう。過労運転に関し、企業には、大きく以下の3つのリスクが生じます。

まず、過労運転を原因とする事故に被害者がいる場合、企業は被害者に対し損害賠償責任(使用者責任)を負うことになります。たとえば、仙台地裁平成20年10月29日判決では、過労運転の影響により居眠り運転をしたため,引き起こされた死亡事故について、居眠り運転をした運転手に加え、過労運転を命じた使用者や代表者等に対しても、約4000万円の支払いが命じられました。

また、過労運転を原因として運転手が病気になったり、あるいは死亡した場合、企業は、運転手または遺族から安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求を受けることになります。

このため、①損害賠償責任(民事責任)については、被害者への賠償リスクと、従業員(あるいはその遺族)からの賠償リスクの二重のリスクがある点に注意してください。

次に、②の刑事責任については、事故の発生は必要とされていない点に注意する必要があります。先ほど確認したとおり、過労運転を命じたり、あるいは容認していたことを理由として、刑事責任を問われることがあります。実際、過去には、トラック運転手が高速道路の「路側帯」で仮眠をしていたところ、職務質問をきっかけとして過酷労働の事実が発覚し、運転手に過労運転をさせていたとして、企業の代表者が逮捕されている事案もあります。また、道路交通法では、代表者だけではなく、安全運転管理者も刑事責任の対象とされているため、安全運転管理者が刑事責任を問われることもあります。

3つ目として、ひとたび、従業員が過労運転による事故を起こすと、マスメディアによる報道、さらにはSNSによって拡散されることによって、企業は社会的な責任を追及されることになります。信用(レピュテーション)の喪失は、ときに顧客離れを招くこともあり、企業としては、決して軽視することはできません。

4 企業に求められる対応

このように、過労運転に伴うリスクは、ひとたび顕在化すると、事業の継続に重大な支障となり得るため、従業員に自動車の運転をさせている企業においては、無視することのできない重要な経営上のリスクといえます。

企業としては、過労運転を防ぐため、日頃から従業員の労働時間や健康状態を適切に把握するとともに、過度な負担をかけない勤務体制を構築することが求められます。

国土交通省では、「自動車運送事業の働き方改革の実現に向けた政府行動計画」に基づき、過労運転等による重大事故の発生につながる運転者の長時間労働是正に向けて、運送事業者における適切な運行管理等に役立つICTを紹介する「適切な運行管理と安心経営のためのICT活用ガイドブック」を公表するなどしています。

企業としては、これらの公表資料を参考に、過労運転の防止に向けた社内体制を整備するとともに、保険の活用を含め、リスクの顕在化に備えることが大切です。

(このコラムの内容は、令和5年3月現在の法令等を前提にしております。)

(執筆)五常総合法律事務所

                         弁護士 持田 大輔

MKT-2023-513

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