※記事内には撮影時のみマスクを外している写真もあります

「もし津波がきたら、私のことは待たないでください。お互いに自分の身の安全だけ考えて逃げましょう」。2011年4月の朝、そう運転手と固く約束をして、有泉 隼はタクシーを降りた。宮城県仙台市の沿岸部。行く手には、想像を絶する光景が広がっていた。

時を少し遡る3月11日。東日本大震災の発生当時、有泉はAIG損保の前身である富士火災※・仙台支店で代理店営業担当として働いていた。客先から戻る途中、立ち寄ったガソリンスタンドで被災した。社に一報を入れたところ、すぐに一時帰宅の許可がおりたため、生まれたばかりの子どもと妻の身を案じて家に戻り、家族そろって命の無事を喜んだ。

震災直後から、仙台支店に地震対策室が立ち上がった。交通網の麻痺によって他支社からの応援はすぐには望めない。仙台支店のメンバー20名が大至急、代理店をはじめとする関係各所の安否確認に動き始めた。

震災から2週間。被災したお客さまから、保険金の請求に関する電話が入り始めた。保険会社は、お客さまから連絡を受け取ったのち、調査員が現場の被害状況を確認する。そして、損害額を算定し、保険金を支払うという流れだ。

しかし、この時は保険金の支払いを担当する損害サービス部門だけでは対応が追い付かず、営業担当である有泉も調査員の一人となってタクシーに乗り込み、被災地のお客さまを訪ねて回ったのだった。

涙をこぼすお客さまと向き合い、心から誓ったこと

仙台市の沿岸部に入った朝。タクシーを降りた有泉は、まっすぐに避難所を訪れた。連絡をくれたお客さまはすぐに見つかり、自宅までの道をともに歩いた。

「ここです」といわれた先を見て、有泉は立ちすくんだ。「ここに家がありました。信じてください。ここに車があって、ここに…」。しぼりだされる声を聞きながら、有泉は何度も深く頷いた。お客さまが指を差す先には何もなかった。更地だった。損害を証明するものは残っていない。お客さまの不安と緊張、絶望が伝わってきた。

「かねてから、日常生活の中で保険会社の印象が良くないことを感じていました」と有泉は振り返る。

「難しいことを並べ立てて、損害があったことを認めずに帰ってしまうのが保険会社だ、と…。一体どうすればお客さまの不安を和らげ、お力になれるのだろうかと真剣に考えました」

出した答えは一つだった。

「私は、保険金をお支払いするために来ました。ここがどれほど深刻な被害を受けた地域か、よくわかっています。物がなくてもかまいませんから、どうか一つずつ、当時の状況を教えてください」

何よりもまず先に、支払うことを伝えよう。有泉はそう心に決めていた。実際にそう伝えた瞬間のことを、今でも忘れない。こわばっていたお客さまの顔がゆるみ、いろんなことを話してくれた。その情報を逐一書きとめて、その場で支払いの金額を算出した。すぐにでも知りたいだろうと思ったからだ。

「ありがとう。これで暮らしを再建できる。本当にありがとう」何度もそう言って涙をこぼすお客さまを前に、有泉も万感の思いで頭を下げていた。そうか。保険は、この絶望の中でも一筋の光になれる産業なのか。胸に火が灯った。

「私には業界人として、なすべきことがある。それは一刻も早く、被災したお客さまに保険金を届けることです。そのために頑張ろうと心から思い、誓った瞬間でした」

有泉は、全国の支店から応援が来るまでの2ヶ月間、1日7件の損害確認を担当。災害対策本部の仲間たちとともに、余震の残る被災地を駆けつづけた。

災害発生の“前”からお客さまを守りたい

「我々の使命は、保険を以ってお客さまの生命・財産をお守りすることである」-これは震災直後の仙台支店のスローガンだ。支店に勤めるスタッフ全員で、毎朝、唱和してから始業した。

「私はその後仙台支店を離れましたが今でもこのスローガンを忘れたことはありません。これが私の原点。災害を耳にするたびに、心で唱和し、業界人としての自分を再確認しています」

大きな震災が起きてしまえば、もうそこからできることは限られている。大切なのは、細やかで正確な発生後のシミュレーションだと有泉は言う。

交通麻痺と停電によって流通網が断たれ、食糧不足とガソリン不足が発生する。これを見越した備蓄はもちろん、企業であれば電力などのエネルギー源の確保や移動手段としてのタクシー会社との契約といった備えなども必須となる。

「こうした防災の知識を強化するため、AIG損保では2019年8月から防災にまつわる資格制度を導入しています。社員をはじめ、代理店も一緒にこの資格取得に挑戦していて、もちろん私も取得しました。社をあげて、こうしたリスクコンサルティングの強化に取り組めるのはうれしいこと。私自身も、被災した経験やこうした学びを生かしつつ、災害発生後だけではなく発生前の備えの段階から、しっかりとお客さまをお守りできたらと思います」

  • 2018年1月1日、AIU損害保険株式会社と富士火災海上保険株式会社が合併し、AIG損害保険株式会社として営業を開始。

<プロフィール>

有泉 隼(ありいずみ しゅん)
2005年富士火災に中途入社、営業担当として郡山支店に配属。その後、仙台支店、石巻支店、福島支店、盛岡支店を経て2018年より札幌支店勤務。

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