2024/5/13
4月1日に改正障害者差別解消法が施行され、民間の事業者も合理的な配慮を行うことが義務化されました。障がい者との共生社会の実現に向けた動きが進むなか、「合理的な配慮」の解釈に悩む企業もあるかもしれません。
日本におけるAIGグループでは、2018年から社員グループ「Japan disAbilities & Allies ERG(以下、JdAAies(ジェダイ)ERG)」が中心となって、障がい者の理解促進に向けた活動を広げています。 JdAAies(ジェダイ)ERGのプレジデントを務める石井 裕美子(アメリカンホーム医療・損害保険株式会社 内部監査室)に、取り組みの事例や、活動を通じて得た気づきなどを語ってもらいました。
■ 障がい者との触れ合いで気づいた健常者間にも存在する「目に見えない差」
━━ JdAAies(ジェダイ)ERGはいつから、どのような目的を持って活動しているのですか。
AIGグループには、同じような関心や経験を持つ社員が自発的に企画・運営するネットワーキンググループ「Employee Resource Group(ERG)」があります。JdAAies(ジェダイ)ERG はその中の1つとして、2018年から障がいの理解を促進する目的で活動を行っています。
活動を通じて、「自分との違いや多様性を受け容れるとは、一体どのようなことなのか」を考えることができます。個人的には、これを思考のエクササイズととらえています。
━━ 思考のエクササイズとは、具体的にどのようなことを意味するのでしょうか?
例えば、車椅子を使用している障がいがある方のお話を聞いたり、一緒に活動してみると、毎日見慣れた駅や道でも「もし自分が車椅子を使用する立場だったら、どうやって移動するだろう」と、普段と違う視点を取り入れることができるんですね。そのような自分にはない新しい視点があるかもしれないことに気づくと、ビジネスの現場で生じる認識や考え方の違いについても、広い視点を持って、受け止めることができるようになります。
私は現在、内部監査の仕事をしていますが、監査を受ける部門の方と私とでは、当然ながら業務知識や日々接している状況が違うので、同じ土俵で話しているつもりでも見えていることに差があるかもしれません。その差があって当然であることを意識しながらコミュニケーションを取ることは、様々な視点を取り入れながらお客さまのためによりよい会社になっていくという共通の目標に向かって協働するために大事だと感じています。
私はもともと身近に障がいのある方がいませんでしたが、JdAAies(ジェダイ)ERGの活動を通じて、「自分が見ているものが、すべてではない」ということに気づかされました。
障がいがある方のお話を聞いたり、ボランティアで触れ合うことで何が手助けになるかを考えたりすることが、何事も自分の軸にとらわれず、想像を超えたところに意識を向ける訓練になっている気がしますね。
JdAAies(ジェダイ)ERG プレジデント 石井 裕美子
(アメリカンホーム医療・損害保険株式会社 内部監査室)
■ 同じ関心を持つ仲間との活動が仕事のモチベーションアップに
━━ 石井さんが活動に参加したきっかけは、何だったのですか?
自分が何かお役に立てれば……と思って、知的障がいのある方が通う特別支援学校のボランティアに参加しました。学校の夏祭りで会場の設営や出し物の運営をお手伝いしているのですが、在校生だけでなく、卒業生も非常にイベントを楽しみにされているんです。お仕事をされている卒業生も多いのですが、家と職場以外の接点を持つことが難しい方もいらっしゃるようで、友人や先生方に会える夏祭りは貴重な余暇の楽しみの1つになっていると聞きました。本当にたくさんの笑顔が見られるイベントで、参加するたびにいつも元気をもらいます。
現場で障がいのある方々と触れ合うと、自分の知らない世界や目を向けていなかったことがまだまだたくさんあるということに気づかされます。そういった機会を自分たちで作り、社内に広げていけたらいいなと思い、 JdAAies(ジェダイ) ERGの運営に携わるようになりました。
━━ JdAAies(ジェダイ) ERGのメンバー数はどれくらいですか。
活動に参加している登録メンバーは500名ほどです。そのなかで、運営を行っているリーダーは15名ほど。東京だけでなく、大阪や富山、長崎の拠点にそれぞれ運営リーダーがいて、活動の企画やイベントの実施を担っています。
━━ メンバーの皆さんは、どのような思いで活動に参加しているのでしょうか。
私と同じように、誰かの役に立ちたいと思ってボランティアに参加する方もいますし、手話を勉強したいという思いで参加する方もいます。メンバーの中には、障がいのある方もいます。意向を確認した上で、ご自身の体験を仲間に話していただくセッションなども行っています。
━━ 活動の内容や企画はどのように立てているのですか。
拠点も所属部署も異なる運営リーダーが集まって、どのようなテーマで、どんな形のイベントにするかを話すと、お互いの考え方や認識の違いに気づかされます。議論を深めていくうちに、アイデアが広がり、自分が気づいていなかったことも検討する必要があるとわかるんです。業務以外で、同じ関心を持つ仲間が集まり、協力して取り組める活動は、AIGで働くことのモチベーションアップにもつながっています。
■ 心を揺さぶられる経験がビジネスに良い影響を
━━ 障がいのあるメンバーから話を聞いて印象に残っていることはありますか。
ヘルスキーパーとして働く視覚障がいのあるメンバーが複数名いるのですが、どのように見えないかは一人ひとり異なるんですよね。真ん中が見えない、周りが見えない、薄っすらとしか見えない……など。同じ白杖でも、みんな同じ目的で持っているのではないことを知りました。
白杖がないと歩けない人もいれば、白杖がなくても歩くことはできるけれど、晴眼者(視覚に障がいのない人)ほどは見えないので、人にぶつかって迷惑がかからないよう(自身が)障がい者であることを周囲に気づいてもらうために持っている人もいるのです。そういったお話を聞けたことが印象に残っています。
また、社内の障がい当事者に登壇していただいたイベントで、参加者から「街中で障がいのある方が困っている様子を見かけた時に、どのように声をかけたらよいか」という質問が出ました。それに対して、「よく『大丈夫ですか?』と声をかけてもらうけれど、そうすると、大丈夫でなくても咄嗟に『はい』と答えてしまう。『何かお手伝いしましょうか』というかたちで聞いてもらえると、手伝ってほしいことを答えやすい」と言っていました。それを聞いて、「ああ、それはそうだよな」と頷き、ついつい私たちは自分が持っている枠組みの中で物事を見てしまいがちだな……と考えさせられましたね。
━━ イベントに参加した社員から、どのような反響を得ていますか。
イベント参加者に実施しているアンケートで、「障がいのあるメンバーからのお話に感動して涙が出た…」と書かれていたこともありました。そういった心が揺さぶられる経験をすることは凄く大事だと思うんですよね。「お互いが持っている違いを知り、そして共感することで、こんなにも考え方が豊かになるんだ」と感じられる機会があると、私たち社員の心も豊かになるし、ビジネスのものの見方にも貢献できるのではないかと。
例えば、会議で話していて意見が合わないなと思っても、同じものを見ていないかもしれません。お互いが見ているものに対して思いを馳せることができれば、意見が食い違っている差を埋められるのではないでしょうか。そういった他人のものの見方に思いを馳せるためには、常に相手を知ろうとする好奇心と自分自身の心が豊かであることが大切だと思います。
■ コラボで広がる活動の輪
━━ メンバーのアイデアで実現した企画があれば教えてください。
運営リーダーで企画会議を行なっている時に、車椅子を使用している方から「私は会社の避難訓練に参加したことがないから、業務中に災害が発生した時にどうやって避難したらいいかわからない」という声を聞き、他の運営リーダーも「障がい者の避難をどうやってサポートしたらいいのだろう」と感じました。
それを機に、災害時に備えて「肢体障がい者編」「視覚障がい者編」「聴覚障がい者編」の3つのマニュアルを作成しました。そのマニュアルには、災害時に障がい者が近くにいる場合、どのようにサポートしたらよいかをまとめています。
マニュアルを作成するにあたって、障がいのある社員からの意見はもちろん、サポートする側である健常者が抱いている疑問もヒアリングしました。お聞きした声を反映し、車椅子は何人で、どうやって持つのがよいのか、視覚障がい者をどのようにエスコートしたらよいのかなどを詳しくマニュアルに記載しました。そのマニュアルは、JdAAies(ジェダイ) ERGメンバーだけでなく社員全員が閲覧できるようになっています。私たち皆、どこで災害に遭うかわかりませんが、その情報が万が一の時に、障がいのある方々の避難に役立つといいなと思います。
━━ 社外の方達と協力して実現した企画はありますか。
障がいのある方がスキルを活かしてバッグなどのグッズをデザイン・販売しているイタール成城(多機能型の障がい福祉サービス事業所)に依頼して、ストラップを制作しました。
以前、イタール成城のような福祉施設が、コロナ禍でバザーなどが開催できなくなり、障がいのある方が製作した商品を販売する機会が減っているというお話を聞き、プロボノ(社会人が自らの専門知識や技能を生かして参加する社会貢献活動)の一環で、どのような商品の見せ方をするとSNS上で多くの人に見てもらえるかなどをアドバイスさせていただくボランティア活動を実施しました。
そのご縁から、イタール成城にストラップの制作を依頼したところ、知的障がいのあるアーティストの方々が独自の感性を活かして、とても素敵なデザインを描いてくださいました。JdAAies(ジェダイ)ERGのメンバーに配布したところ、とても好評で、障がいの理解促進に取り組む仲間同士がつながりを感じる大切なアイテムになっています。
昨年、立ち上げから5周年を記念して制作されたJdAAies(ジェダイ)ERGのストラップ。障がいのあるアーティストの方々が描いたデザイン案から選ばれた2作品がストラップの表面・裏面に採用されました。
■ 小さな配慮が障がい者の参加しやすい職場づくりに
━━ 立ち上げから現在まで、社内において何か変化を感じたことがあれば教えてください。
AIGハーモニー(AIGグループの特例子会社)で障がいのある社員が個人の特性を活かして仕事をしています。私たちは、AIGハーモニーの社員と仕事を通じて関わりはあるのですが、同じ職場で働く機会はあまりないんですね。それが昨年、よりインクルーシブな環境を整えるように、経理部門で週に何回かAIGハーモニーの社員が派遣されるかたちで同じ職場で働く取り組みが始まりました。
障がいのある社員が仕事に馴染めるよう工夫していくうちに、無駄な作業を削ぎ落とし、プロセスをシンプル化できたと聞いています。その職場がレイアウトの変更で移動になった際、受け入れ側の担当者が「(障がいのある社員が)職場の移動の変化に戸惑わないためにはどうしたらよいかな」と配慮していました。このような小さな変化に対しても配慮したり、環境を整えるように動いてくれる社員が少しずつ増えてきているように思います。
━━ 今後の活動の展望をお聞かせください。
日本では障がい者は人口のおよそ9%と言われていますが、私たちの日常生活の中で、それほど多く目にする機会がないように思います。もちろん中には、外出が困難な方もいらっしゃいますが、障がいがある方が社会進出したいと思われた際に、温かい気持ちを持ってサポートできる人たちを増やしていきたいです。そのためにも、私たちは情報提供やボランティア活動など障がいのある方々と触れ合う機会を、今後もますます提供していきたいと考えています。