「マイ・タイムライン」開発の経緯

1. はじめに

 政府は、台風や豪雨への備えとして、住民が防災行動計画を作成することを推奨しています。防災行動計画を作成することで、自らの防災行動を事前に時系列で整理し、災害発生時の行動のチェックリストとして、またどう行動するのかの判断のサポートツールとして活用することで、「逃げ遅れゼロ」に向けた効果が期待されています。

 防災行動計画は、住民ひとりひとりが自らのおかれている状況や家族構成などをふまえて個別に作成することから、「マイ・タイムライン」とも呼ばれています。本コラムでは、2012年に米国で発生した「ハリケーン・サンディ」をきっかけとして、日本で「マイ・タイムライン」が開発された経緯について紹介します。

2. ハリケーン・サンディと政府調査団

 ハリケーン・サンディは2012年10月にアメリカ東海岸を襲ったハリケーンで、最大風速36m/sの勢力を保ったままニュージャージー州に上陸しました。上陸が大潮の時期と重なったこともあり、マンハッタンをはじめとしたニューヨーク市、ニュージャージーの都市部で高潮による浸水被害が発生し、地下鉄、道路、鉄道のトンネルや地下鉄駅などが運行を停止したほか、マンハッタン南部では変電所の浸水により大規模な停電が発生しました。ニューヨーク証券取引所も2日間にわたって閉鎖され、金融活動を含む社会経済活動が大きな打撃を受けました。

 ハリケーン・サンディによる被害の特徴は、ニューヨーク市とその周辺というアメリカ最大の中枢都市部が高潮の被害を受け、地下鉄などの地下交通インフラを含む都市機能に浸水による甚大な損害を与えた点にありました。東京、大阪、名古屋という三大都市圏すべてにゼロメートル地帯を抱え、また世界に類を見ないほど発達した複雑な地下街をもつ日本の政府はこの事実を重くみて、2013年2月および4月に国土交通省・防災関連学会合同の調査団をアメリカに派遣しました。

 ニュージャージー州の危機管理局を訪問した調査団は、彼らが前年のハリケーン・アイリーンの経験をふまえて整備した「Time Line」という支援ツールを活用し、被害発生の数日前から関連機関が連携して対応を進め、被害の拡大を防いでいたことを知ります。帰国した調査団は、国土交通大臣に報告した「緊急メッセージ」のなかで、今すぐ取組むべきソフト対策として、平時の災害対策としての行動計画(タイムライン)の策定を提唱しました。

「緊急メッセージ」で示された事前行動計画(タイムライン)の位置づけ

 緊急メッセージを受け、国土交通省は、2014年1月、「水災害に関する防災・減災対策本部」を設置し、台風や集中豪雨による洪水・高潮・内水被害の防止に向けた対策の検討を本格化させました。日本型タイムラインについては、この対策本部内に設置された「防災行動計画ワーキンググループ」で普及推進に取り組むこととなり、全国の主要河川での社会実験的な先行実施を経て、2016年8月に「タイムライン(防災行動計画)策定・活用指針」が定められました。

3. おわりに

 このように、「マイ・タイムライン」は、アメリカで活用されていた「タイムライン」が日本で発展をとげて生まれました。国土交通省や地方自治体のウェブサイトでは、これまでの実践におけるノウハウをふまえた作成支援のための各種ツール、紹介動画などが紹介されています。例えば、東京都が2022年4月にリリースしたアプリ版「東京マイ・タイムライン」では、自宅周辺の水害リスクを視覚的に確認しながら、豪雨時に取るべき避難行動を考えることができます。また、小中学生向けには、災害について学びながらマイ・タイムラインを作成できる学習ツール「逃げキッド」もあります。

 まだ「マイ・タイムライン」を作成していない方は、この機会に水害発生時の避難行動について考えてみませんか。

マイ・タイムライン(国土交通省):

https://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/tisiki/syozaiti/mytimeline/index.html

アプリ版「東京マイ・タイムライン」(東京都):

https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/04/28/04.html

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(出典)

AIG総合研究所 

AIG総合研究所(以下、AIG総研)はAIGジャパンの研究機関として2017年12月に設立されました。AIG総研は、リスク・マネジメントに関する社会的な議論を喚起するthought leaderとして、グループ内外の様々な知見を結びつけ、リスク管理に関する提言・発信を行う情報ハブを目指しています。