企業のメンタルヘルス管理 ~「ストレスチェック」調査票誕生の経緯~

1. はじめに

 従業員のメンタルヘルスを適切に管理することは、企業にとって重要な課題です。現在、政府は労働者数50人以上の事業場に対して「ストレスチェック」を導入、体制を整備することを義務付けています。2020年におけるストレスチェックの実施割合は84.9%であることから、多くの事業所でストレスチェックが導入されていることが分かります。

 本コラムではストレスチェックで使用される調査票にフォーカスを当て、その誕生の経緯と顕在化してきている課題について紹介します。

2. ストレスチェック調査票誕生の経緯

 厚生労働省が発表しているマニュアル(労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル、2016年4月改訂)には、「職業性ストレス簡易調査票」の57項目、もしくはこれを簡略化した23項目について、紙もしくはオンラインによる調査票形式にてストレスチェックを実施する旨が記載されています。

(参考)職業性ストレス簡易調査票(簡略版23項目)

 この「職業性ストレス簡易調査票」に基づくストレスチェック制度の運用指針は、2014年に設置された「ストレスチェック項目等に関する専門検討会」にて策定され、検討会の議事録には、以下のような議論の経緯が記録されています。

  • 検討会の名称が示すとおり、ストレスチェックの手法としては当初より「調査票形式」が想定され、主な検討事項は具体的な質問項目の選定や評価方法等となっていました。
  • そのなかで、「職業性ストレス簡易調査票」は、一次予防に関連の深いストレス因子および周囲のサポート、二次予防に関連の深いストレス反応という3つの領域が網羅され、かつ有効性のエビデンスも得られていたため、同調査票を出発点とし、57の質問項目を削減し簡略化するか、あるいは新たな質問項目を追加するかといった観点から議論が進められました。
  • 23項目の簡略版に加え、さらに簡略化した9項目の「職業性ストレス簡易調査票」についても検討されましたが、最終的には不採用となりました。23項目の簡略版についても、推奨はせず参考扱いにとどめ、検討会としてはあくまで57項目の「職業性ストレス簡易調査票」を推奨しています。
  • 一般にメンタルヘルス不調と関係が深いと思われる「不眠」や「食欲減退」は、エビデンスが不十分として削除検討の対象となりましたが、最終的には実施者(産業医等)にとって有益な参考情報になりうるという趣旨から、「職業性ストレス簡易調査票」をそのまま使うという形で残されました。一方、「希死年慮」や「自傷」については、質問紙法で一律に聞くのは不適切として、ストレスチェックに含めるべきでない質問項目として明示されました。

3. おわりに

 このような議論をもとに調査票が策定され、「ストレスチェック」を中核とした企業のメンタルヘルス管理の枠組みが整備されたわけですが、いくつかの問題が顕在化してきています。たとえば、ストレスチェックは実施しているもののそれ以降のケアが不十分であるため、従業員のメンタルヘルス不調の有効な予防につながっていかないというものです。ストレスチェックや研修の実施など形式的な体制整備にとどまることなく、それによって早期に気づかれた従業員のメンタルヘルス不調や職場環境の問題が、実効性のある形で予防・改善につながっていく体制を構築することが、企業および従業員にとって極めて重要です。

(関連レポート)

(主な参考資料)

AIG総合研究所 

AIG総合研究所(以下、AIG総研)はAIGジャパンの研究機関として2017年12月に設立されました。AIG総研は、リスク・マネジメントに関する社会的な議論を喚起するthought leaderとして、グループ内外の様々な知見を結びつけ、リスク管理に関する提言・発信を行う情報ハブを目指しています。