1. はじめに
昨今、豪雨災害が激甚化・頻発化しています。数十年に一度、あるいは数百年に一度といわれるような災害が毎年のように発生する事態の背後には地球温暖化の影響があるとも言われており、今後も災害多発の時代が続いていく可能性が高そうです。
豪雨災害をはじめとする自然災害から身を守るために、私たちはそのリスクを正しく認識し、事前にできる限りの備えを怠らず、いざ災害が発生したときには迅速な避難などの的確な行動をとらなければなりません。ところが実際には、災害のリスクを見誤り、十分な事前の備えをとらず、災害が発生しても的確な行動をとれず逃げ遅れる、といった事態がしばしば起こります。このような災害リスクへの対処に失敗する理由の一つとして「心理的バイアス」があることが指摘されています。
2. 心理的バイアスとは?
私たちの認知システムは、直感的・感情的・自動的に作動する「システム1」と、分析的・論理的・意識的に作動する「システム2」の二本立てで構成され、システム1による直感的判断をシステム2が必要に応じて理性的に調整する、という仕組みだと言われています(二重過程理論)。
このシステムは、目の前で頻繁に発生する日常の問題に対しては概ね有効に働くのですが、何十年も先の災害のリスクに備える場合や、過去に一度も経験していない突発的な緊急事態に対処する際には判断を誤ってしまうことがあります。その判断ミスの傾向を心理的バイアスと呼びます。
災害リスクと社会の人々の心理について解説している「ダチョウのパラドックス ~災害リスクの心理学~」(中谷内一也訳,※1)によると、主な心理的バイアスとして下記のものが指摘されています。
- 近視眼的思考癖
- 忘却癖
- 楽観癖
- 惰性癖
- 単純化癖
- 群集への同調癖
これらのバイアスによって、過去の災害被害が忘れられたり、将来の災害リスクが過小評価されたり、防災への投資は無駄なことだと判断されたりする傾向が強まるといわれています。
そして、これまでとったことのない新たな災害対策を採用したり、様々な対策を網羅的に準備したりすることに対しても心理的抵抗が働き、さらに災害が起こって危険が目前に迫っている状況でも周りの人が避難していないからという理由で避難行動が遅れるといった事態も発生すると考えられています。
3. 心理的バイアスを克服するためには
それでは、心理的バイアスを克服し、適切な災害対処をするにはどうすればいいのでしょうか。そのためには、心理的バイアスによって私たちの判断がある方向に歪められる傾向があることを自覚し、よりリスク認識が的確になる方向に認識や行動を変えることが必要です。
例えば、「マイ・タイムライン」というツールの活用が考えられます。「マイ・タイムライン」では、台風の接近などによって河川の水位が上昇する際にとる防災行動を事前に時系列で整理します。時間的な制約が厳しい災害発生時の行動のチェックリストとして、また適切な意思決定のサポートツールとして活用されることで、逃げ遅れなどの誤った判断の回避に役立てることができます。
災害発生時に心理的バイアスの罠にはまらないためには、事前の備えが重要です。ハザードマップで自分の身の回りの災害リスクを確認したり、「マイ・タイムライン」といったツールを活用することで、いざという時のために備えましょう。
(出典)
- AIG総合研究所, 「なぜ私たちは災害リスクにうまく対処できないのか?~書評「ダチョウのパラドックス 災害リスクの心理学」~」
(https://www-510.aig.co.jp/assets/documents/institute/column/institute-column-017.pdf) - AIG総合研究所,「「マイ・タイムライン」開発の経緯」
(https://www-510.aig.co.jp/assets/documents/institute/column/institute-column-027.pdf)
(参考文献)
※1
Robert Meyer&Howard Kunreuther, 2017年, 中谷内一也(訳), ダチョウのパラドックス 災害リスクの心理学, 丸善出版, 2018年
AIG総合研究所
AIG総合研究所(以下、AIG総研)はAIGジャパンの研究機関として2017年12月に設立されました。AIG総研は、リスク・マネジメントに関する社会的な議論を喚起するthought leaderとして、グループ内外の様々な知見を結びつけ、リスク管理に関する提言・発信を行う情報ハブを目指しています。
執筆:玉野絵利奈