1 自転車通勤等の広まり

健康志向の高まり、さらには新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の流行をきっかけとして、最近、従業員に自転車通勤や業務での自転車の使用を認める企業が増えてきています。

新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」として、自転車通勤が推進されたことを踏まえ、国土交通省は「自転車通勤・通学の促進に関する当面の取組について」を公表するとともに、自転車通勤を推進する企業・団体の認証制度を創設するなど、企業における自転車通勤の導入を後押しする施策を進めています。

その一方で、自転車通勤や業務での自転車の使用を認めた場合、従業員が加害者となる事故が発生した際に企業も使用者責任を追及されるおそれがあるなど、リスクも生じます。

自転車事故における被害者救済の観点から、条例により自転車損害賠償責任保険等への加入を義務化する動きも広がっており、令和5年4月1日現在、32の都府県において、自転車損害賠償責任保険等への加入を義務化する条例が制定され、事業者も対象とされている場合があります。

このため、自転車通勤等を導入する際には、リスクマネジメントの観点から、あらかじめ必要な規程等を整備したり、事故が生じた場合への備え(保険への加入)も求められます。

今回のコラムでは、自転車通勤を導入することのメリットを確認したうえで、想定されるリスクと企業に求められる対応について、概要を解説いたします。

2 自転車通勤のメリット

はじめに、自転車通勤を導入する場合のメリットについて、従業員・企業それぞれの観点からみていくことにしましょう。

まず、自転車通勤を導入することによる従業員のメリットとしては、通勤時間の短縮や身体面・精神面での健康の増進が挙げられます。

自転車は渋滞に巻き込まれることがなく、電車やバスと異なり待ち時間等もないことから、特に近距離での通勤については、時間の短縮や定時性の確保に効果的です。また、現在、多くのビジネスパーソンにとって、日常の運動不足が悩みの一つといわれています。自転車による運動は、体力の向上や脂肪燃焼に効果的な有酸素運動にあたり、体力の増進、さらには生活習慣病などの予防等も期待できるとともに、ストレスの発散にもつながります。

次に、企業のメリットとしては、経費の削減、生産性の向上などが挙げられます。公共交通機関や自動車に比べ、自転車は通勤にかかる費用が少ないため、通勤手当の削減につながります。また、自動車から自転車へ代えることで、駐車場や社用車の維持等にかかる固定費の削減にもつながります。

そして、自転車通勤によって従業員の健康増進が図られることにより、作業効率や労働生産性の改善・向上も期待できます。

3 自転車通勤等を認めた場合に生じる企業のリスク

その一方で、自転車通勤を導入したり、あるいは業務における自転車の使用を認めた場合、従業員が加害者となる自転車事故を起こしてしまうと、企業にはリスクも生じます。

従業員が加害者となる自転車事故が発生した場合、従業員には、①民事責任(損害賠償責任)、②刑事責任、③行政上の責任(自動車運転免許の停止※など)の3つの責任が生じます。

このうち、①民事責任(損害賠償責任)については、企業も「使用者責任」(民法715条)を問われる場合があります。実際に使用者責任が認められるかどうかは、事案ごとの具体的な事実関係次第ですが、自転車の事故であっても、被害者が亡くなってしまったり、あるいは重い後遺障害を負ってしまうなど、被害が大きい場合には、高額の賠償額が命じられる場合もあります。

このため、「自転車だから大丈夫だろう」と軽視することはできません。

※自転車の事故を原因に自動車運転免許の停止処分を受けることもあります。

賠償額

事故の概要等

約4853万円

歩道における歩行者と自転車の事故

(大阪地判平成23年7月26日)

約9251万円

小学生の男子(11歳)と歩行者との事故。

(神戸地判平成25年7月4日)

約6778万円

交差点方向から進行してきた歩行者と自転車の事故

(東京地判平成15年9月30日

約3239万円

立ち止まっていた歩行者と自転車との事故

(京都地判平成24年11月26日)

約3278万円

路側帯における歩行者と自転車との事故

(名古屋値は平成30年2月28日)

約9266万円

斜め横断した自転車と対向車線を直進してきた自転車との事故

(東京地裁平成20年6月5日)

約4075万円

直進中の自転車と交差方向から進行してきた自転車との事故

(東京地判平成27年9月25日)

4 企業に求められる対応

このように、従業員が加害者となる自転車事故が発生した場合、企業は使用者責任を問われることがありますし、その事故が従業員の飲酒運転や酒気帯び運転によって生じた場合には、報道等をきっかけとして社会的な非難(二次被害)を受ける可能性もあります。

また、最近では、自転車の利用が増えるにつれて、事故以外にも、運転の仕方や置き場所など、マナーを問題視する声も増えてきており、たとえば、従業員の自転車の停め方について、近隣の住民等からクレームを受けることなども想定されます。

このため、自転車通勤や業務での自転車の使用を認める際には、あらかじめ規程を整備し、道路交通法等の遵守や事故時の対応等を定めておくとともに、任意保険への加入や安全運転に関する研修等の受講を許可の条件としたり、あるいは申請時に道路交通法等の遵守と飲酒運転や酒気帯び運転を行わない旨の誓約書を併せて取得しておくなどの対応が必要となります。

自転車活用推進官民連携協議会は、「自転車通勤導入に関する手引き」を公表しており、導入を検討する際には、これらの資料を参照することが有益です。

併せて、賠償リスクへの備えとして、企業自身も保険を活用するなど、必要な対策を講じておくことが大切です。

(このコラムの内容は、令和5年4月現在の法令等を前提にしております)

(執筆)五常総合法律事務所

                         弁護士 持田 大輔

MKT-2023-517

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