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「退職する従業員には、できるだけ退職金を支給して送り出してあげたい」と考えている経営者は多いと思います。しかし、従業員が退職する事情はさまざまであるため、退職金を支給するかどうか悩むケースもあるでしょう。その代表的な例として、「従業員を懲戒解雇した場合」「業績が悪化して退職金の支給が難しい場合」の2つが挙げられます。
今回は、「そもそも退職金とはどういう性格のものなのか」を理解したうえで、経営者が悩みやすい上記2つの場合において、経営者が法的に気を付けるべきことを解説します。
退職金とは?退職時に発生する「権利」であると理解しよう
一般に退職金には、1)賃金の後払的性格、2)功労報償的性格、および3)退職後の生活保障的な性格の3つの性格があるとされ、退職時に具体的な権利として発生すると考えられています。
労働基準法では、退職手当の定めを設ける場合、「適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」を就業規則に定めなければならないとされています(労働基準法89条3号の2)。
このため、多くの企業では就業規則に退職金の章を設け、詳細は「退職金規程による」旨を記載するとともに、具体的な額の算出方法などについては、別途退職金規程で具体的に明記するのが一般的です。
従業員を懲戒解雇した場合の退職金の支給
では、従業員に非違行為があり懲戒解雇した場合でも退職金は「権利」としてあるのでしょうか。また、そういった場合の退職金の支給で気を付けるべきことは何でしょうか。
「著しく信義に違反する行為」の有無が、退職金の支給に影響する
一般に懲戒解雇が認められる場合でも、退職金には賃金の後払的な性格があることから、このような場合に退職金が不支給となる旨の就業規則の定めがあることを前提に、不支給が認められるのは解雇事由となった非違行為の内容が影響します。その従業員の職位や勤続年数、非違行為の反企業秩序性、会社に与える損害の有無・程度、行為の悪質性などを具体的に検討したうえで、「労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまう程の著しく信義に違反する行為があった場合に限られる」とされています(横浜地裁横須賀支部平成23年9月12日判決)。
退職金の不支給を認めた具体的なケース
まず、退職金不支給を認めた裁判例(日音事件・東京地裁平成17年12月1日判決)があります。この事件では、事前に連絡をせずに一斉退職して同業他社へと入社した6名の従業員について、
- 一斉退職により会社が混乱したこと、
- 退社時に無断で顧客データなどを持ち出したうえ元のデータを削除したこと、
- 多大な損害が生じていること
などを理由として懲戒解雇を有効とし、「それまでの勤労の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があった」として退職金の不支給を認めました。
退職金の不支給が認められなかった具体的なケース
一方で退職金の不支給が認められなかった裁判例(小田急電鉄事件・東京高裁平成15年12月11日判決)もあります。この事案では、複数回にわたる電車内の痴漢行為で迷惑防止条例違反により刑事罰を受けたことを理由とする懲戒解雇自体は有効としつつ、
ⅰ)会社の業務自体とは関係なくなされた私生活上の行為であること、
ⅱ)会社の社会的評価や信用の低下等が現実に生じたわけではないこと、
ⅲ)20年余の勤務態度は非常に真面目で、旅行業の取扱主任の資格を取得するなど、自己の職務上の能力を高める努力もしていた
などの事実から、退職金全額の支給までを拒むことはできないとし、本来の支給額の3割を支給すべきという判決が出ています。
業績が悪化した場合の退職金の支給
それでは、業績が悪化した場合の退職金の扱いで気を付けるべきことは何でしょうか。
就業規則に則り判断をする
労働基準法上、退職金に関する条項を就業規則やその一部である退職金規程に定めなければならないとされていいる結果、業績の悪化を理由に退職金制度を変更したい場合には、当該従業員との間で個別の合意がある場合を除いて、就業規則の変更に関する手続を踏む必要があります。
就業規則の変更については、「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」ことが必要とされています(労働契約法10条)。
退職金の不支給や減額は労働者にとって不利益なことです。過去の最高裁判例でも、退職金の不支給や減額といった変更が仕方のないものだと納得されるだけの合理性がなければならないとされています。(大曲市農協事件・最高裁昭和63年2月16日判決)。
就業規則の退職金規程の変更が認められた具体的なケース
過去の判例(大曲市農協事件・最高裁昭和63年2月16日判決)では、就業規則の退職金規程の変更が有効と認められたものがあります。しかし、これは以下のような厳しい条件をクリアしたうえでのことです。
- 定年が延長され給与額(退職金算定の基準)が相応に増額されていること
- 合併に際し労働条件の格差是正措置を取ることが急務となり、折衝が重ねられていたこと
- 格差を是正しないまま放置すると、人事管理などで著しい支障が生じること
- 給与調整の退職時までの累積額は、賞与及び退職金に反映した分を含めると差額分に達すること
- 定年延長は実質的に代償とみることができること
その一方で、最高裁は、別の事案について、代償となる労働条件を何ら提供しておらず、労働者の被る不利益を是認させるような特別の事情も認められないので変更に合理性はないと判断しています。
このように、従業員の権利である退職金を不支給とする判断は、法的に簡単ではないと考えられるでしょう。
このことから、労働者に不利益を是認させる事情があるか、代償的な労働条件を提示しているか、具体的な事実関係を基に検討することが必要です。
おわりに
退職金には賃金の後払的性格、功労報償的性格、さらには退職後の生活保障的な性格があります。従業員のなかには退職金の受給を見込んで、その後の生活の設計を立てている人もいるでしょう。やむを得ない場合を除き、安易に退職金制度の変更を進めることは避けるべきと言えます。
退職金の支給に関する紛争が生じた場合、裁判所も非常に慎重な判断をしています。懲戒解雇を理由として退職金を不支給とする場合や、退職金制度を不利益に変更する場合には法律及び裁判例を踏まえて、適切なプロセスを踏む必要があることに注意する必要があります。
(このコラムの内容は、2017年6月現在の法令等を前提にしております)。
※当該記事は、AIG損害保険(株)がメールマガジンで2018年5月9日に配信したものを最新の情報に更新し配信しております。
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