AIGすみだコミュニティ・プログラム レポート
インタビュー
水内貴英さん・住中浩史さんPhoto
向島の良さはノスタルジーではなく、
今まで見過ごされてきた新しさ




2006年度の助成をきっかけに始まった「路地琴プロジェクト」。このプロジェクトは、向島を中心に、家や商店の軒先に小型の水琴窟を設置することを通して、街と人との新たな関わりを生み出そうというものです。現在も路地琴の設置はおふたりによって継続され、すっかり地域にも定着した「路地琴」は、街歩きの名所ともなっています。
― 「路地琴プロジェクト」が生まれたきっかけを教えていただけますか。
住中: 今までも地域をテーマにした活動をいろいろとしてきたんですが、プロジェクトが終了してしまうと、案外何も残っていなかったり、残った場合も地域の方にはちょっと邪魔に思われていたり、いろいろ問題点もあったんですね。ですから今回は、自分たちが単に何かを外からポンと持ってくるものではなく、その場所をよく理解した上でやりたいという思いがありました。そこで、この向島という街を「音で彩ろう」というコンセプトで考え始めました。最初に思いついたのは風鈴で、じゃあ向島の街に合った風鈴ってなんだろう、と考えていたんです。
水内: いろいろ調べていたときに、水琴窟というものを見つけて、音を聞きに行ってみたら、「あ、すごくいい音がする」と。その時に、風景の見え方が少し変わったような気がしたんです。ただそのままではサイズが大きかったので、小型のもの、地中に埋めたりせずに置ける、移動可能な水琴窟をつくろう、と考えました。試作を重ねてできたのが「路地琴」です。 Photo1
住中: 「路地琴」をどういうものにするかという時にはまず、向島の風景によくある、路地園芸などが軒先に置いてあるという状況と一番合う形にしたい、と考えましたね。その状況というのは、自分の家でもないですし、かといって庭でもなく、時には道にちょっとはみ出したりしているような、いわば「パブリック」と「プライベート」が曖昧に交差しているグレーゾーンなんだと思うんです。
水内: そういう向島ならではの風景の面白さが、地域のコミュニティや人間関係も生み出していると感じていたので、そこに「路地琴」を置くことで、何か新しいアプローチができるんじゃないかな、と。「路地琴」を目指して行くことで、路地の面白い部分にすんなり入ってゆける、ということも期待できると思いました。
― これまでに設置された「路地琴」は30個を超えたそうですね。
どのように広がっていったのでしょうか。
Photo2 水内: プロジェクトを始めた当初は、町会のネットワークを使って「路地琴」を設置してくれる場所を探せないかと考えていました。一定の期間にできるだけまとまった数を置いて、ひとつの空気をつくりたいな、というイメージがあったんですね。でも結果としては、町会からではなく、個人的に置きたいねという人たちから広がっていきました。まずひとつ置いてもらったら、それを見に来た人が、「あ、いいじゃん、うちにも」みたいな。組織ではなくて、個人個人の“面白い人ネットワーク”みたいな感じで、ワーッと広がっていった。そこが広がり方としてはすごく意外だったんですよ。後半になって商店街も乗ってきてくれました。やっぱりある程度目に見える形になってきて、「あ、こういうもんなんだ!」というのがわかってもらえたんですね。
住中: 最初に「面白いね」って乗ってきてくれた人というのは、自分たちの街が好きだったり、地域コミュニティの状況に何か問題意識を持っていたりする方たちだったと思います。最初は、こちら側からお願いし、協力を得ながら「路地琴」を置かせてもらうという方向ばかりを考えていたんですけど、もともとこの街で何かやりたかった人たちが「路地琴」をある意味で利用してくれるという形も出てきましたね。
水内: やらせてください、というお願いの形でやってしまうと、終わった後で「あれはなんだったんだろうね」ということになる例が結構ある。それはやはり、地元の人たちではなくて、外から何かやりたくて来た人がメインになっているという違和感だと思います。「路地琴」は、そうではない形で展開できたプロジェクトでしたね。
― 「路地琴」を一つひとつ設置していく過程で、印象に残っていることはありますか?
住中: 水琴窟というのはもともとあるものですし、「路地琴」自体が作品であるわけではないんです。何かモノを置いたことで生まれるできごとをつくりたかった。例えば設置後にメンテナンスに行った時に、知らないおじさんが、「それ上から水掛けるんだよ」と教えてくれた(笑)。それも「できごと」ですよね。見ず知らずの人とも話をしてみたいと思っていても、そのきっかけがなかったところに「路地琴」がきっかけをつくったということだと思うんです。それができたのはすごいことで、自分たちとしては成功だったと思いますね。
水内: 最近の建売住宅とか新築マンションとかって、コミュニティ菜園だとか、コミュニティ花壇だとか、公共スペースがわざわざ作ってあるんですよね。他人に侵入されないプライベートな空間をもっとも重視する、という今までのあり方が「あれ、なんだかおかしいな」と気づき始めたからではないかと思うんです。でも、そこでコミュニケーションが成立する雰囲気をつくらないで、場所だけ作っても仕方がない。そういう部分について、向島の路地には重要なヒントがある。僕らが向島に感じている良さっていうのは、ノスタルジーじゃないんですよ。懐かしいからいいんだよというのではなくて、コミュニティという視点から見ると、今まで見過ごされ続けてきた新しさなんです。
住中: Photo3一部の人が都市計画を考えて、これで進みましょう、というパッケージの中で整理整頓された美しさとは違う、カオスになりかけながらもすごく整った美しさを、向島の風景には感じますね。
コミュニケーション能力は筋力と同じなんです。使わないと衰えていく。身内だけで会話をしていると、価値観も同じだし楽なんですけど、違う価値観の人とのコミュニケーションのしかたがわからなくなる。庭や塀がなくて、ドアを開けたら外で、お互いが見えているという路地は、隣近所、また訪れる人たちとの距離の取り方について、強制的にジレンマを抱えざるを得なかったんです。そこに路地琴を置くというのは、コミュニケーションのエクササイズマシーンにもなっているかな、と(笑)。美しい音を聞いて、自然に「あ、いいね」と感じることをキーにして、まちの外にいる人と中にいる人、また中の人たち同士がいつも以上にコミュニケーションが取れるきっかけになっていると嬉しいですね。
― 他の地域の方が、「うちの町でも路地琴をやって」と言ってきたら、どうされますか?
水内貴英・住中浩史 水内: 基本的にはやらないです。「場所や人を見て、その中から何をすればいいか」を総合的に考えるのが基本的なコンセプトなので。向島で考えたものがいいからといって他のところにそのまま持っていくよりも、そこで最初から考えたほうがもっといいものができると思いますから。
住中: 別な場所では、また別なことをやるかもしれない。それに、「路地琴」は、人とのつながりを通してゆっくり広がっていったものですから、大切に、ここだけのものにしたいという気持ちがありますね。たとえば、まちづくりというと、まず道路から考えたりしがちだと思うんですが、確かに道路が通れば便利になるし、経済効率も良くなるけれども、本当にそれで人が住みよい町になったのかはまた別の問題なんです。そこの街にいるからこそ共感できることとか、何となく同じ問題点を感じるよねっていうような「感覚」が重要なんだと思いますね。
水内: そういう意味でこの助成は、名前のとおり最終的には「アート」じゃくて、「コミュニティ」に落としていくものだと思うんです。助成する側の企業も、同じコミュニティに拠点を持っている、そこに「住んで」いるから成立している助成だと思います。助成金という形で地域に何を還元できるのか、確認できるというのは、とても大きいと思いますよ。
《プロフィール》 水内貴英・住中浩史

コミュニティをテーマに、地域で人々とのコミュニケ−ションを通したアートプロジェクトやワークショップを実施。今回の企画も同ユニットで実施。2004年度には「こどもが彩るまちづくりプロジェクト」を墨田区向島で開催し、向島の小学生が壁画に挑戦した。
水内貴英:アーティスト 1979年生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科中退。
住中浩史:アーティスト 1977年生まれ。広島県広島市出身。明治大学商学科商学部卒。
http://www.rojikin.com/  (「路地琴プロジェクト」ウェブサイト)
 
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